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「俺のさしかたが下手でごめん。じゃあ、部活行くから!これ借りるわ」
水嶋は首にかけたタオルをひらひらさせながら、私に背を向けた。
「…うん」
「ほんとはさ」
水嶋は、いつもより大きめの声で、くるっと私の方を振り返った。
「俺、傘わざと忘れたんだ」
「…?」
「雨が降ることも知ってた。外部活のやつなら必ず見るぜ、天気予報。それに」
水嶋はちょっとだけ顔を赤くしながらうつむき気味につぶやいた。
「毎朝猫と遊んでるのも、さっこのこと待ってるからだから」
そう言うと、また私を少し切れ長な目でまっすぐ見つめてニッと私が好きな笑い方をしたあと、背を向けて部室の方に歩いて行った。
私はその場に取り残されて、ぼーっとしていた。
全身が熱くて、制服が溶けちゃうんじゃないかと要らない心配をしてしまうほどだった。毎日同じことが繰り返されて閉塞感で息詰まりそうになる学校が、今日はなんだかとても特別な場所に見えた。
雨で少し湿ったカバンを顔に押し当てて、ため息をついた。完全に恋に落ちた。17年間生きてきて、1番の衝撃だった。
この広い世界で、同じ学校にこんなに好きな人がいるなんて、その確率は何分の1だろう。頭に水嶋がタオルで拭いてくれた感触が残っている。夢かと思った。
人生でこんなに好きになれる人ができて、私は幸せすぎる。
雨の日も悪くないかも。
手元に持っていた傘を見つめながら、私も音楽室の方に向かって歩いて行った。
今日もまた一日が始まる。
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