1/1
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

 試す、だって……? そもそも僕は、一緒に帰ろうって言っただけなのに……。  西之宮さんは氷のような表情のまま、じっと僕の目を見据えて言った。 「男性が意中の女性を求めて試験に挑む話は、昔からあるわ……。竹取物語しかり、トゥーランドットしかり……」  竹取物語ではかぐや姫が求婚者たちに宝探しを要求する。トゥーランドットというのはオペラが有名で、美しいが残酷な姫が、求婚者になぞなぞを出すというストーリーだ。 「あなたが勝ったら、お望み通り、恋人になるわ……」  西之宮さんが言った。恋人、という言葉が彼女の口から出るのを聞いて、僕は動揺を隠せなかった。が、彼女は、声を上げるようにして続きを言った。 「その代わり……、負けたら私に、二度と関わらないで……!」 「そんなッ……!」  僕は悲痛な声を漏らしたが、西之宮さんは構わず続けた。 「……ゲームよ。誰もが知ってるゲーム……。すぐに終わるし道具も要らない。けれど、これで全ての事が試される、私はそう思うの……」  そう言うと彼女は、右手を握りしめ、顔の近くへ持っていった。彼女の大きな瞳は、恐ろしい程に真剣だった。彼女は言った。 「ジャンケンよ。やるのはジャンケン」  …………何? ジャンケンだって……? ジャンケン? ジャンケンって……! 「馬鹿馬鹿しい? そう思うなら、私の事は諦めたら……? 不可解だろうと、理不尽だろうと……、全てを賭ける覚悟のない人に……、私は自分を、晒すつもりないから……」  僕は何も言えなかった。何を言ったらいいのか全く分からなかった。西之宮さんは体を校門の方に向けると、うつむいて、肩越しに僕に言葉を投げ掛けた。 「……それじゃあ、また……、普通のクラスメイトとして……」  そして彼女は、広場のタイルにローファーの硬い音を響かせて歩きだした。  ……何か、おかしい……。僕はうつむきながら考えていた。そりゃあ僕に、のるかそるかの覚悟なんてなかったけど……。あんな過剰な突き放し方……。鴨志田が何か言ってたのはこれか? 彼女は、いったい……。 「待ってッ!」  僕は西之宮さんに向かって叫んだ。何を言ったらいいのか、相変わらず分からなかった。が、それでも何かを言わなければいけない気がした。僕は海で溺れてつかまる物を探すかのように、必死で自分の中から言葉を探した。 「……お願いだ……! 何を考えてるのか教えてほしい……! 悩みがあるなら、力になりたい……! 西之宮さんに、笑っててほしいから……。君の事が……、好きだからッ!」  彼女は数メートル先で、歩みを止めた。向こうを向いたまま、彼女の体はまるで硬直したように動かなくなった。僕も動けなかった。彼女がどう反応するのかと考えると恐かった。 「……メ……」  彼女が声を漏らしたが、小さすぎて聞き取れない。 「駄目……、駄目よ……」  声は聞こえた。駄目、か……。ショックだったが、震え始めた西之宮さんの姿に気付いて、すぐに僕の心は彼女への心配で占められた。大丈夫だろうか? 確かに急に、辺りが冷えてきた感じはするが……。 「駄目……! 嫌ッ……!」  どういう訳か、彼女の震えは酷くなり、膝をがくがく言わせ始めた。彼女は傘やバッグを放り出して頭や胸を抑え、やがて激しく掻きむしり、大声で叫びだした。 「来ないで! 嫌ッ! 出てこないで!」 「ッ西之宮さんッ……?」  何だ? いったい誰に言ってるんだ? ただごとじゃない。何かの発作か? 「もう嫌ッ! 嫌なの! 嫌ッ! 嫌ッ!」 「西之宮さんッ!」  僕は彼女に駆け寄り、向こうを向いたままの彼女の肩に手を掛けようとした。と、丁度その時、彼女が体をよじり、こちらを向いたのだ。彼女の目からは涙が溢れ出ていて、額には汗がにじみ、怯えきった表情をしていた。彼女は僕を見つめて、つぶやくように、こう言った。 「助けて……」  次の瞬間、彼女は顔を真上に向け、信じられないような甲高い絶叫を発した。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!