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 恐ろしく、そして悲しい叫び声は唐突に途切れ、アリスは真上を向いたまま硬直した。  そして次の瞬間、彼女の体は糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。 「わッ!」  僕は(すんで)の所で彼女の背中に腕を回し、体を支えた。彼女は目を閉じている。髪や服は乱れたままだが、先程までの異常な顔付きは、治まったように見える……。  ……西之宮さん……。これで元に、戻るはず……。けど、もし……。  と、彼女のまぶたが、ゆっくりと開いた。猫のように大きな、そして、澄んだ綺麗な瞳が、ぼんやりと宙を見ていた。 「キャッ!」 「ワッ!」  彼女は突然叫ぶと、支えていた僕の腕を突っぱねるようにして後ずさった。その顔は動揺しているようで、あのアリスとは違う表情だったが、普段の西之宮さんにも見られないものだった。 「……西之宮さん……、大丈夫……?」  彼女は目を素早くあちこちに動かした後、手で髪を少し直すと、僕の顔をじっと見つめて……、それからなんと、突然両手で僕の右手を握った……! 「ごめんなさい……! 私ッ……、意識をなくしてたみたいで……」  おおおおおッ! 西之宮さんが僕の手を! なんて柔らかな手! みるみる痛みも引いていく……! 「卯月君、そのッ……、何ともない……? 何か迷惑……」 「えっ、あっ……、その……」  どうする……? なんて言う……? 西之宮さんは、聞いたら答えてくれるのか……? どこまで自覚があるんだ……? アリス(あれ)は、いったい何なのか……。  と、その時、校舎の二階の窓の一つから、教師が二人、僕らに向かって声を上げた。 「おぉい! お前ら、何やってる!」 「大丈夫か? なんか叫んでなかったか?」  僕はすぐに西之宮さんの手を振りほどいて、教師らに向かって口を開いた。 「えっ、えっと……、あのっ、その……、何でもないですっ……! 何でもっ!」 「本当かあッ? 怪しくねーかー?」  怪しいですね、はい。まずいな……、どうしたら西之宮さんが詮索されないように……。  僕がテンパり始めたその時、背後から、高らかな声が飛んできた。 「大丈夫ですッ! 何でもありません! 私が、転びそうになっただけなんです!」  西之宮さんの声だった。すると教師たちは、なんだ西之宮か、なら何も問題あるまい承知した、とでも言うように、手と首の動きで合図した後、窓を閉めて引っ込んでいった。 「……本当は……?」  西之宮さんが、声を落として僕に尋ねた。 「卯月君、本当は……、私、あなたに何か……」  僕は再び考えながら彼女の方に向き直った。潤んだ瞳が心配そうに僕を見つめている。 「……何でもないよ。本当に。……賭けてもいい」  西之宮さんは少しの間、何か言いたそうにしていたが、やがて視線を落とすと、押し黙って、昇降口の方に落ちたままだった、自分の鞄と傘を取りに行った。  これで良かったんだ……。  西之宮さんは、再びこちらへ、いや、校門の方へ向かってくる間、僕の方を見ようとしなかった。僕も、彼女から視線を背けた。彼女は僕の真横を過ぎた。その時……。 「なんとなく……、分かるわ……。私の事、とても心配してくれたって事……。ありがとう……!」  その時の彼女の表情を、僕は生涯忘れないだろう。僕は生涯、彼女を愛するだろう。  例え命が、明日尽きるとも……。  それが、彼女の手によるとしても……。
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