1-3.ピアノのうた

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「臨兵闘者皆陳烈在前!」  芳田の宝剣が五横四縦の九字を切る。芳田の験力に吹き飛ばされて、敵の妖魔がどうと公園の地面に倒れた。素早く逆手に宝剣を握りなおし、芳田は柄の三鈷杵(さんこしょ)を倒れ伏す敵に向ける。 「綜《す」べて綜べよ、金剛童子。搦めよ、童子。不動明王正末の御本誓を以ってし、この悪魔を搦めとれとの大誓願なり。搦めとりたまわずんば、不動明王の御不覚これに過ぎず、タラタ カンマン ビシビシバク ソワカ」  朗と呪が響き、金切り声のような馬の嘶きが辺りにこだまする。一つ目の大きな馬が、泡を噛んで必死に立上がろうともがいていた。真砂土を削る蹄が、徐々に力を失くしていく。見事な芳田の調伏を、美郷は後ろで見守っていた。就職以来、初めて目の前で見る大捕り物だ。修験者として、強い験力を持つ芳田係長自らが陣頭指揮を執っている。  疫病――原因不明の高熱をまき散らしていた野馬(のうま)という妖魔を法力で縛り上げ、芳田が竹筒の中に封じ込めてしまう。美郷は鮮やかな手際に見入っていた。  美郷の他にも数名補助の職員が控えていたが、ほとんど出番はなかった。封じを完了した芳田が、美郷らを振り返る。職員らが口々に「お疲れ様でした」と芳田をねぎらっていた時だった。  撤収にかかっていた芳田が、顔色を変えて歩みを止める。 「宮澤君!」  美郷の背後で、荒い鼻息と高らかな蹄の音が響いた。  振り返る暇もない。もう一頭いたのか。頭の片隅で思い至るだけが精一杯だ。  周囲の怒号を突き抜け、芳田の一喝が美郷を貫いた。 「散ッ!!」  臓腑を直接殴られたような、重い衝撃が襲う。  真後ろで二頭目の野馬が悲鳴を上げた。  美郷は口元を押さえてくずおれる。 「宮澤君!?」  野馬を祓っただけの芳田が、驚いた声を上げて駆け寄ってきた。「敵」を認識した内側のモノが、芳田に牙を剥こうと体内で暴れる。それを必死で宥めながら、美郷はどうにか立ち上がった。肩を支えようと、手を伸ばしてくる先輩職員を押し止めて「大丈夫です」と首を振る。 「――すみません」  気力を振り絞って平静を保ち、頭を下げる。無理矢理表情筋を動かして、へらりと笑ってみせた。 「ちょっと、びっくりしちゃって。ありがとうございます」  やれやれ無事でよかった。気を付けんさいよ。口々に言って美郷を離れる職員らの中、正面の芳田だけは難しい顔をしている。その目を直視できないまま、美郷もそっと踵を返した。
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