<短編>

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<短編>

 小学校から幼なじみの犬山(いぬやま)健也(けんや)猫田(ねこた)美羽(みう)は、この高校イチの美男美女で同じクラスなんだけど、付き合ってるわけじゃないとお互いに言い張ってる。  二人とも腐れ縁だと言って、しょっちゅういがみ合ってる。  そもそも犬好きの健也と猫好きの美羽は性格が真逆で、なかなかに相性が悪いようだ。  健也は家で飼ってる小型の室内犬を溺愛してるし、美羽も飼ってるスコティッシュなんとかって猫を、それこそ猫かわいがりしてる。  どんなペットを好きかなんてのは本人の自由なんだからいいんだけど、性格が合わないとか言って同じ教室の中で言い合いするもんだから、周りのクラスメイトはたまったもんじゃない。  喧嘩するほど仲がいいとも言うけど、お前らは完全にその(たぐい)だろ。  お互いに両片想いだってことがバレバレなんだよ。  早く付き合っちまえばいいのに。  それが周りのみんなの総意だ。  昼休み。  自分の席で一人弁当箱を開いた健也の前席の椅子に、美羽が腰を下ろした。  健也の机に美羽が弁当箱を置いたところで、健也が不機嫌な声を出した。 「何しに来たんだよ?」 「今日は紗江(さえ)ちゃんが休みだから、ここで食べようかと思って」  美羽は気だるそうに言って、弁当箱を開けだした。  彼女はいつも紗江と二人で弁当を食べてるけど、紗江が風邪をひいてしまったらしい。 「じゃあせめて、一緒に食べていいかとか聞けよ。なんで黙って座るんだ?」 「どこで食べようと私の勝手じゃない? いちいちあんたの許可が要るの?」 「はぁっ? おんなじ机で弁当食べるなら、普通は許可くらい取るだろ?」  美羽は猫好きにありがちなタイプで人見知りが激しいし、そのうえわがままなところがある。  だから紗江のようにわがままを許してくれるタイプじゃないと付き合いが難しくて、普段は紗江以外にそんなに親しい者がいない。  逆に健也は犬好きらしく明るく社交的で友達も多いけど、今日は親友の男子二人が揃って部活のなんたらがあるとか言って弁当を持って出て行ったもんだから、一人で弁当を開けようとしていた次第だ。 「あんたが一人寂しくしてたから、一緒に食べてあげようと思ったんじゃない。なにを偉そうに言ってるの? 犬好きは寂しがりやだって言うし」 「たまたま一日くらい一人で弁当食ったって、寂しくなんかないさ。お前こそ嬉しそうに弁当下げて寄ってきやがって。猫みたいに気まぐれで寄ってきたり、離れたりなんて迷惑なんだよ」 「はあ? 誰も嬉しそうになんかしてないし。あんたこそ、間違いなく寂しそうな顔をしてたよね?」  ああ、また始まったよ。いい加減にしてください。  美男美女カップルの痴話喧嘩なんて、見たくもない。  ウザいことこの上ない。  クラスメイトたちは素知らぬふりをしてはいるけど、そんな空気が充満してる。 「「客観的に見て、アキラはどう思う?」」  綺麗にハモって、二人がボクを見上げた。  二人が座る机の横に立って、彼らのやり取りをボーっと見ていたのが悪かった。  そんなの知るかよ。自分たちで勝手に解決しろ。  ボクは犬派でも猫派でもなくて、あえて言うならウサギ派だから言い争いなんかしたくない。  そう思ったけど、周りのみんなからも「アキラがなんとかしてくれ」って視線がちらちらと飛んでくる。  そりゃこの二人とボクは小学校からの幼なじみだけど、こいつらは昔からこうなんだ。  いずれはお互い素直になって、そのうち付き合いだすだろって思ってたけど、いまだにそれは実現していない。  教室内の雰囲気が悪くなってるのは事実なんで、まあ仕方ないか。 「客観的に見て、二人とも間違ってないと思う。健也は寂しそうに美羽を見てたし、美羽は無表情を装ってるけど嬉しそうに健也のところに行ったもん」 「「はぁっ!?」」  君ら、また綺麗にハモったね。 「だから二人仲良く、弁当食べたらいいんじゃない?」 「俺は寂しそうになんかコイツを見てないし、仲良くする義理もない」 「私も嬉しそうになんかしてないし、義理で仲良くしてほしくもない」  はぁっ。思わずため息が出る。  素直にさえなったら喧嘩もしなくて済むし、ちゃんと付き合えるはずなのに。  勝手にどこかで喧嘩するのは自由だけど、なによりクラスの雰囲気を悪くするのは迷惑だ。  ホントにしょうがない二人だ。  仕方ない。いよいよストレートに爆弾を放り込んでみよう。 「健也も美羽も、お互い素直になって付き合えばいいのに」  ボクの言葉に、二人はみるみる顔を赤くして怒りだした。 「美羽が素直に、『健也君が好きです』って言うなら、付き合ってやってもいいけど」 「健也が『美羽の言うことを受け止めてあげる』って健気(けなげ)に言うなら、付き合ってあげてもいいけど」  あちゃ。やっぱりだめだ。  ああ、めんどくさい。  もういいや。ぶっ壊してやる。 「じゃあ健也。ボクと付き合ってよ。ボクは健也が好きだよ」  いきなりのボクのセリフに、健也は驚いた表情を見せて固まった。 「アキラ、冗談はよしてくれ」 「冗談じゃない。本気だよ」  普段こんなことは冗談でも言わないボクが真面目な顔で言ったんで、健也はどぎまぎしてる。  でも頬を少し赤らめて、まんざらでもなさそうだ。  そりゃ、そうだよね。  美羽のような美人じゃないけど、これでもボクは学年で一番可愛い女子だって言われてる。 「いや、アキラ。ありがたいけどそれはダメだ」  ああ、落ちなかったか。  『健也が好きだよ』のところで首と腰を少し振ったから、ショートカットの髪と制服のスカートがふわっと揺れたでしょ?  たいていの男子なら、これでコロっといかせる自信があるんだけどなぁ。  まあ健也は美羽が好きなんだから当たり前か。  健也はやっぱり犬好きだけあって、好きになった人を簡単には裏切らないね。 「じゃあさ、美羽ちゃん。ボクと付き合って!」 「えっ? 私? 女の子なのに?」 「うん。ボクは男の人も女の人も愛せるから大丈夫。ボクなら美羽ちゃんのわがままを受け止めてあげるよ。ボクと付き合おうよ」  美羽も驚いた表情を見せて固まってる。  なんだかこの二人、よく似たリアクションをするね。 「嬉しいけど、私は女の子はちょっと……」  そっか。そうだよね。  健也が好きなんだもんね。  でもこのままだと、結局元のまんま。  何にも進展なし。  クラスメイトのボクを見る視線も、厳しくなってるように思うのは気のせい? 「いつまで俺の席にいるつもりだ?」 「私が自分で戻ろうと思うまで。あんたの指示なんか受けない」  ああ、また始まった。  ホントにウザいよね。  長年あんた達の近くにいるボクの身にもなってよ。  ウサギなんてね、鳴かないから大人しくて飼いやすいとか思ってない?  ウンチの世話は臭いし、噛んでくることもあるし、ジトッとした目で見てきたり、結構自己主張も激しいんだよ。  イラストのウサギはめっちゃ可愛いけど、本物は割とボテッとしてるし、あんまりなついたりしない。  だけどウサギは、大声を出したり唸ったりしないから、ウザくはないんだ。  ああ、ボクだって、今まであんまり声を上げることもなく、大人しくしてきたけど。  ボクも今日は頑張ってみたのに、今までのまんまだし。  周りの「何とかしろよ」って視線が益々厳しくなるし。  おまけに結局その喧嘩も、君らは楽しんでるんじゃないの? って思うと、めっちゃ腹が立ってきた。  頭の中で、何かがぷちんと切れるような音が聞こえた──   「おまえらーっ! いい加減にしろー!」  健也と美羽が目をまん丸くして、ボクを呆然と見てるけど、知ったこっちゃない。  二人とも今までボクの気遣いをむげにしやがって。  本気でお前らの仲をぶっ壊してやる。 「おい、なにすんだよアキラ! やめてくれ!」  いきなりボクが健也の首に両腕を回して、顔を近づけたもんだから、健也は焦ってる。 「健也のファーストキスをボクが奪ってやる」 「ちょっとアキラちゃん、やめなよ!」 「美羽ちゃんは健也を好きでもないんだから、別にいいよね? 引っ込んでなよ!」  美羽が止めに入ったけど、渾身の力で押し返してやった。  好きな人の唇が、目の前で奪われるんだ。ざまあみろ。 「いや待て、アキラ。お前だってファーストキスだろっ? こんなことしていいのか?」 「いいんだよっ!」  そんなことは関係ない。  そんなことはどうでもいいんだよ。  とにかく君らの仲をぶっ壊して、このウザい日々から解放されたい。 「ちょっと待って、ダメだよ、宇佐美さん」  誰かが急に割って入ってきて、ボクの名前を呼んだ。柔道部の熊野君だ。 「熊野君には関係ない!」 「関係ないかもしれないけど、ダメだって」  普段大人しくて、あんまり自己主張しない熊野君が、なぜだか止めに入っている。 「なんで?」 「だって、宇佐美さんが好きな人となら、僕なんて口出しできないけど、なんか怒って投げやりにキスするなんて、嫌だ」 「嫌だ? なんで?」  熊野君は失言に気づいたようで、「あっ」と小さく声を上げて、顔を真っ赤にした。  でもすぐに僕をまっすぐに見て、口を開いた。 「僕は宇佐美さんのことが好きだから、そんな自分を粗末にするようなことはしてほしくない!」 「ボクを好き? 熊野君が?」  熊野君は真っ赤な顔のままで、「うん」と力強く頷いた。 「宇佐美さんみたいな可愛い人に、僕なんかがこんなこと言ったら怒られそうだけど」  熊野君は申し訳なさげだけど、しっかりボクの目を見つめて言ってくれた。 「だけどホントに好きなんだ。自分を大切にしてよ、宇佐美さん」  今まで「可愛い」とか「付き合って」とか、軽い感じで言われたことは何度もある。  だけどこんなに真摯に、心の底から大切に想ってる、みたいな感じで言われたのは初めてだ。  熊野君の言葉が、なんだかズドンって感じに胸に入ってきて、きゅんとした。  真剣な想いってのは、こんなにパワーがあるもんなんだ。 「熊野君……そんなことない。怒りなんかしないよ」  きっとボクの顔はポーッとなって、目はハートになってるに違いない。 「ありがとう、熊野君」  熊野君は恥ずかしそうに笑顔になった。笑顔が可愛い。 「ごめんね宇佐美さん。みんなの前で、こんなこと言って」 「え?」  みんながいる教室の中だって、完全に忘れてた。  健也にキスしようとしたのも、熊野君の言葉にポーッとしたのも、全部見られてたっ!  急に恥ずかしさがこみ上げてきて、顔がすごく熱い。  ふと見ると、健也と美羽が顔を寄せ合って、何かボソボソと話してる。  そして二人でこそこそと教室から出て行った。  熊野君とボクの姿を見て、まっすぐに想いを伝えることの大切さに気づいたんだろうか?  これから外に出て、お互いに素直な気持ちを伝え合うんだろうか?  いや、もうそんなことはどうでもいいや。  ボクのことをこんなにまっすぐに想ってくれてる熊野君という存在に気づけた。 「熊野君。ちょっと外に出て、ゆっくり話したいんだけど……いい?」  熊野君は驚いて、照れた顔で「うん」と言った。  今後は健也と美羽が人前でいがみ合うことがなくなればいいけど、もしそうじゃなくても、もうボクは彼らを相手にしないことに決めた。  そんな無駄な時間を過ごすより、大切な人と過ごすことに、時間を取った方がいいに決まってる。  ウサギはね、恥ずかしがり屋で慎重派なんだけど、その実寂しがり屋なんだよ。  大切にしてくれるってわかったら、ようやくなつくんだ。  クラスのみんなが呆然と見送る中を、ボクと熊野君は微笑み合いながら、教室から出ていった。 ─ 完 ─
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