西川天羽の溺愛

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  「ホテルに呼ばれて施術なんて初めて。君ってお坊っちゃんなの?」 「僕はただの引き籠もり~~」  彫り師さんは腕がいい上にとってもイケメン。 「両翼の付け根の中央、“Dominique” って入れて~?」 「彼女の名前は彫らない方がいいよ。絶対後悔するから」 「僕のファーストネームだよ~」 「ドミニクって女の名前じゃないの?」 「慣例的には男性名みたいだけど女の子でも可愛いよね~」  日本人の手先の器用さは素晴らしい。まるで本物の羽毛のように軽やかなタッチで、繊細な装飾が墨の濃淡だけで施されてゆく。チリチリとした痛みも、自分がベルニーニの彫刻に生まれかわるような高揚感に掻き消される。僕は僕の背中に生えた翼に大満足だった。  最初は『自分の体を苛めるのは感心出来ない』と眉をひそめていた母ですら、やはり同じように『私の天羽がベルニーニになっちゃったわ!』と驚き、やがて絶賛した。  惜しむらくは彫り師さんとのお別れのワンナイトラブが、(すんで)のところでタチ同士と判明して成立しなかったこと。学生時代はともかく僕のようなチビのモヤシっ子は、社会に出ると見た目でネコ認定されやすいのかも。実に残念だった。  日本で過ごした2年間で、ライブハウスに出かけて行っては好きな音楽を好きなように垂れ流し、インディーズ(と言う名目の)アルバムも出して貰った。売れようが売れまいが、僕の気が済めばそれでいいと思ってたんだと思う。が、予想に反して売れてしまった。  インディーズで初回1万枚でも破格の待遇で、エッジ内で馬鹿ボンここに極まるみたいに蔑まれていた事には気づかないフリを貫いたけど、内心は自分が一番呆れていた。こんなもん捌けるのか?と困惑しきりだった。  それが増版を繰り返す事態にまでなって、父も天音も『日本の若者の好みは複雑なんだね』とぼやいていた。まったくもってその通りだ。
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