第七章 - 死者のための手術

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 ザミルが手術室に戻ると、アサは一人で二階に向かった。一番奥の部屋から声が聞こえる。わずかに開いたままの扉から、声が聞こえる。できないできない、やりたくない、無理だ無理だ無理だ無理無理無理。隙間から覗き込むとタンが床に座り込んで膝に顔を埋めている。アサが扉を弱く叩いてから「はいるよー」と声をかけると、中の声が止まる。 アサは部屋の中を覗き込まないように時間をかけて扉を開け、もう一度声をかけてから顔を見せる。 「入るけど、いい?」  タンは座ったまま顔を上げて、こちらを見ていた。目の周りの毛が濡れている。アサは部屋に入ってゆっくり扉を閉め、そろりと近づいて、タンに並んで座る。 「やりたくないよねー、怖いもんね」  タンは答えずに、目の周りを膝に押し付けて拭っている。 「分かるよ。わたしも医者やってたから。天才でも神様でもなかったからなぁ」  アサは膝を抱えて軽く身体を揺らしながら話す。 「点滴して、抗生剤打っておけば、すぐにどうにかなることはないんじゃないかな。その間に、ザミルの腕も戻って手術できるようになるだろうし」  本当は、彼女の身体に待つ時間はないとアサには分かっていた。今、誰かがやらなければ、確実に、彼女は死ぬ。 「無理だよ、待てない。待ってる間に死んじゃうと思う」 「そうかぁ」  タンは顔を伏せて膝を抱える。 「そしたらさ・・・二人でやろうか」  アサは膝に顔を乗せてタンを見ながら小さく言う。 「わたしも一緒にやる。先生も見ててくれる。だからさ、一緒にがんばろ?」  タンは顔を伏せたまま動かない。アサは少し待ってから立ち上がり、足音がしないくらいの速度で部屋の外に向かう。ノブに手をかけて扉を開けると「下で待ってるから」と言い残して部屋を出る。 アサはまず自分の部屋に戻ると、服を半袖の動きやすいものに着替えて顔を洗った。それから階下に行って手術室に入る。 「帽子とマスク、借りていい?」 「いいよォ」 帽子とマスクを身に付けながらアサは周りを見渡す。手術室にあった器具は知っているものばかりだ。身体の構造に違いはあっても、医師の指示があればやれるはずだ。 「任せてもらえるなら、わたしが手術をします」 「経験はあるのかねェ?」 「あります、何度も」  アサは女性の枕元に立って声をかける。 「手術の説明はもう受けてるんだよね?ザミルは見ての通り、腕を怪我しちゃってる。代わりにタンとわたしで担当する。ザミルもすぐ横で見ててくれるから」  女性は目を細めたまま、うなずき返すが、眉と口元に力が入っている。 「大丈夫だよォ」
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