172人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
モブの話
うす!俺はしがないヤンキー高校に通う不良ッス!自分で言う辺り不良ぽくないとか言われるかもしんないけど、髪も金髪だしピアスも開けたし身体もそこそこ鍛えてるし制服はちゃんと着ないし、誰が何と言おうとれっきとした不良ッス!!ケンカはまぁ、そこそこだけど…。
それでも、あの時質の悪い上級生に絡まれてた俺を助けてくれたあの人みたいな、あんなカッコいい不良になりたくて、俺は不良が集まるこの高校に入ったんス。
あの人は多分たまたま通りがかっただけで俺の存在にすら気付いていなかっただろうけど、あの時の俺にとっては神様のように見えた訳で。来るもの全てを凪ぎ払うような腕っぷしに獣のように鋭い眼光、何より返り血を浴びても美しいあの容姿…。
どれを取ってもやっぱり憧れる要素しか無い!
後で聞いた話によるとその人は俺より一つ先輩。しかも超がつくほど有名人で、ケンカで一度も負けたことがないどころか、地に膝をつけたことすら無いほど圧倒的に強かったのだとか。
くぅーっ!聞けば聞くほどカッコイイッ!!
あーぁ、あの人が居ると思って俺は今の学校に来たのになぁ。不良ならこの高校!ってくらい有名校なんだし、絶対ここに居ると思ったのに…俺の通う高校にはあの人は居なくて。というか、俺が中三になる頃にはあの人の噂もぱったり聞かなくなってしまって…。今どこに居るのか誰も何も知らないらしいッス。
まぁそういうところもカッコいいんスけど、俺的にはもう一度あの人の勇姿を見たいっていうか。出来れば弟子にして欲しいっていうか…。
あの人とまた偶然会えたりしないかなぁなんて思いながら、街中を見回してみたりしても今のところ収穫無し。本当、どこに居るんだろ。
まぁそんな訳で今日もブラブラと下校していると、少し向こうに高校生らしい二人組が。
片方は全く知らない奴だけど、もう片方は、あれ…もしかして…?!
間違いないッス!髪型も雰囲気も大分変わってるけどあれは絶対、絶対ぜーったい、「藤倉サン」だ!!!え、え、そうだよな?!はっきり分かんないけど俺の直感がそう告げている!!
「なぁなぁ藤倉ー」
「ん?なぁに澤く、」
「あいしてる」
「……………。っ?!」
「いや、お前がいっつも言ってくるから逆に言ってみてやろうかなーって…え、何してんの」
「うっ…俺はもう…駄目かもしれない」
「ばっか、そんな道の真ん中で蹲ってたら邪魔だろ?ほら、さっさと立てって」
な…っ?!今一体何が起こったんだ…?!ここからじゃあ会話なんて聞こえないけど、確かあのチビが藤倉サンの服をちょいちょいと摘まんで、藤倉サンが振り返って、それで………?
あの人が「藤倉サン」かどうか定かでなかったけど、振り返って顔を見た瞬間確信した。あの人は間違いなくあの「藤倉サン」だと!あの無敗の最強のヤンキー!俺の憧れの人!なのに、今あの人が地面に片膝をついて蹲っているだと…?!
あのチビ一体何をしたんだ?まさかまさか、こっからじゃ見えないところで藤倉サンの鳩尾に一発入れた…?だけどあのチビがそこまで強そうには見えないし、そもそもそんなんで最強のあの人が倒れる筈がない!!真相を確かめるべく、俺は急いで二人の元へ走っていったッス。
「おいそこのチビッ!!!」
俺はざっと藤倉サンの元に駆け寄り、謎の黒髪野郎に向かい合って思い切りメンチを切ってやった!ふふふ、ビビってるビビってる!
どこの誰だか知らないが、改めて間近で見ると全然ひょろっちいじゃねぇか。何だってこんな奴にあの「藤倉サン」が片膝つかされてるんだっ!
「え、俺?えと、誰ですか突然」
狼狽える様子を見るにますます弱そうな奴に思える…。やっぱりこんな奴にこの人が簡単にやられるハズがねぇ!何か卑怯な手でも使いやがったに決まってる!!
「おいチビッ!藤倉サンに今何したんだ、って…」
瞬間、ひやりとした空気が辺りを包み込んだ気が。
突然の金髪ヤンキーの俺の登場に驚いているチビの足元で、それまで蹲って胸を押さえていたあの人がゆらりと顔を上げて。
ウェーブがかった長めの髪からちらりと覗く光はそう、俺があの日見たのと同じものだった。
その光を真正面から見てしまった途端、全身の血が凍り付くような感覚になってしまった。と思ったら心臓がどくどくと太鼓みたいに脈打って、何故だか俺の身体が全力で危険信号を発している気がして、でも、動けなくて…。
「あ?誰がチビだよ…」
「ひっ!」
思わず息を飲む。
地を這って響く低い声に、長い前髪から覗く、見るものを凍り付かせるようなこの鋭い眼光。あぁ、やっぱりこの人は間違いなく…。
「こぉら睨むなっ!そんなだから怖がられるんだっていつも言ってんだろ?この馬鹿っ」
「いてっ。…ゴメンなさい」
「ッ?!!」
た、叩い、え?!しかも藤倉サンが謝った?え、え、幻覚?幻聴?!何事だ?!!
一体何者なんだこの黒髪短髪野郎…。
「謝るのは俺にじゃなくて、ほら、また怖がらせちゃってる」
「あー。…ってかその前に澤くんに言ったこと取り消して」
「え」
「さっきいきなり邪魔しに来た時。言ったこと謝れ」
「え、あ、はいっ!すすす、すんませんっしたぁああ!!」
この日俺は人生で一番綺麗な土下座をしたと思うッス。そして俺が地面に額を擦り付けていると、頭上からまた諫めるような声がして。
「あほか!そんなことどうでも良いだろ!また怖がらせてどうすんだよ!アンタも土下座とかいいから、顔上げてよ」
「どうでもいくないもん。まぁこっちも睨んで悪かったよ。…だから早く消えろ」
「ひっ!あ、あの!お、お邪魔しましたァァアアア!!」
最後の一言は俺にしか聞こえないくらいの音だったと思う。そしてまたあの突き刺さるような眼光で言われてしまえばもう従うしかない。最強のヤンキー、憧れではあったけど実際に対面するとやっぱ怖かったッス。
「走ってっちゃった…。何だったんだ結局?」
「さぁ?わっかんない」
「分かんないって、お前の知り合いじゃねーの?向こうはお前の名前知ってたし」
「そうだね。でも俺は知らないよ」
「だとしても、また変に誤解されちゃったんじゃないか?一応言っとくけどお前の真顔って結構怖いんだからな」
「えー。どうでもいいし、大体向こうが悪い」
すくっと立ち上がって謎のヤンキーが走り去った方向をぼうっと見つめる藤倉に、僅かだがどこかぴりぴりと苛立ったような空気を澤は感じ取った。
「何か機嫌悪い?」
「…邪魔されたからね」
「じゃま?」
「ね、それよりさっきのもう一回言って」
「さっきのって?」
「ほら、俺がいつも言ってるやつ。もっかい言ってみて」
「え、やだよ」
「えぇー」
折角またあの人に会えたのに思わず逃げてきてしまった…。
こ、怖かったぁ。心臓が口から飛び出るかと思ったッス…。勢いでここまで走ってきちゃったけど、結局あの黒髪野郎は何だったんだ?というか、藤倉サンの怒り方が半端じゃ無かった気が…。
見た感じもうヤンキーは卒業したみたいだったけど、やっぱ俺の憧れた「藤倉サン」は健在だったみたい…ッス。
最初のコメントを投稿しよう!