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9月、ぼくの宝箱
夏休みはだいぶ前に明けたが、じんわりと暑さが残っている。
文化祭の実行委員が早めに終わり、あとは書類を提出したら帰るだけになった放課後。
その書類も相方が書いてくれているため、手持ち無沙汰になったぼくは、ころ、とポケットに入れていたビー玉を机の上に転がした。
どこかのクラスが出し物に使うのか、廊下に落ちていたそれを拾ったものだ。
無色透明なそれを指先でつまんで、窓に向けて覗き込む。
それに映るせかいは逆さまで、まあるく歪んでいる。
ゆっくり横にずらすと、長い黒髪の女の子が映った。
クラスメイトたちの多数決で決まった、実行委員の相方。
完全にノリで決められたお調子者のぼくとは違って、しっかり者だからと選ばれた子。
真面目で、寡黙で、ちょっと苦手なタイプ。
でもなんでだろう。差し込む夕日のせいか、外の声と対照的な教室の静けさのせいか、分からないけど。
横顔がすごく、きれいだと思った。
「…それ、さっきから気になっていたのだけど…何か意味があるの?」
ほぼ無音だった教室に落とされた声に、顔を上げた。
彼女がこっちを怪訝そうに見ている。
声をかけてくるとは思っていなかったので、反応がちょっと遅れる。
「…んー。小さい頃からこれ、眺めるの好きなんだよね」
ぼくはビー玉を机の上でつつきながら答えた。
実際、昔集めていたガラクタを入れている箱には、ビー玉がいくつも入っている。
透明なものって、きれいだと思わない?
にこ、と笑いかけると、
「…そう」
と、尋ねてきた側にも関わらず、それきり興味をなくしたように、彼女は手元に視線を戻した。
…もうちょっと興味持ってくれてもいいのに。
(――あ、)
そして、なんとなくいたずらのようなものを思いついた。
あのさ、と声をかけるとつい、と視線がこっちを向く。
なに?と小さく口が動いた。
ビー玉をポケットに入れて、机に頬杖をつく。
「おれね、きみをながめるの嫌いじゃないよ」
しばらく彼女はぽかん、としていたが、眉根を寄せて聞いてきた。
「ビー玉に似ているってこと…?」
んー、どうだろ?
わざと首を傾げると、困った、と言わんばかりにぴしりと固まった。
その様子に、冗談だよ、と声をかけようとすると、視線を落とした彼女の口が開いた。
わたし、
「―――そんなにきれいに透き通ってないし、温度がないわけじゃない」
…と、思う。
ぼそっと自信なさげに発せられた言葉に、今度はこっちが面食らう番だった。
ビー玉からそんなことを連想して、からかった相手に仕返しをする子だったのか。
(いや、仕返しは考えてないか)
意外にくるくると変わる表情や選ぶ言葉が、ちょっと面白いな、と思った。
「いいんじゃない?」
変なこと言ったかな、というように黙ったままの彼女に声をかける。
顔を上げると、また怪訝そうな顔をした。
「そっちのが、ぼくはいいと思う」
すると、嫌そうにしかめられる。
何を言っているのかわからない、と書いてありそうな顔。
ぼくの一人称が思わず変わってしまったことにも、きっと気づいてないんだろう。
でも、それでいい。それがいい。
その表情を見られたことに、少し満足感みたいなものを覚えた。
それきり、また作業に集中し始めた彼女のことを待ちながら、またビー玉を取り出した。
(このビー玉もあの箱に入れておこう)
透き通っているものが好きだ。
それと、ちょっと変わったもの。
初めてビー玉を覗き込んだときに、その逆さまでちょっと歪んだいつもと違う世界が、綺麗だって思って。
今日の放課後の彼女は、なんだかそんなふうに見えたんだ。
――9月、ぼくの宝箱。
おわり。
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