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果てしなき旅
その奇妙な物体は約二ヵ月前、土星の衛星タイタンの近くで発見された―――
高速で地球と火星の間を通過しようとしているそれは、長さ約六千メートル、幅約百メートルにも及ぶ、黒く細長い六角柱の形状をしており、予測コースによると、地球と火星の間を通過したのち、太陽の近くを通る事で僅かに針路を変えて、そのまま太陽系を抜けて行くようであった。
西暦二一〇二年、超国家統合宇宙開発機構(OSSSDO)は、この正体不明の物体を最優先調査対象として、月基地で準備中であった第三次有人火星調査船『アルゴノート』号を前倒し発進。謎の物体が地球に一番近付くタイミングで、接触調査を試みる計画を発動させたのである………
「間もなく減速開始点。逆進スラスター用意」
そう広くはない『アルゴノート』の操縦室で、宇宙服を着た船長のシャトナー大佐が、モニター画面に流れる数値を見詰め、指示を出す。
「減速開始点確認。スラスター噴射まで…二十二秒」
船の操縦を担当するラウダ大尉が時間を読み上げ、機関士のハンコック大尉が、全てのスラスターの出力数値をチェックする。船体前方の六か所にある逆進スラスターの、それぞれの出力に強弱をつけ、その差によって減速と同時に船の進路変更を行うという微妙な作業だ。航法・通信士のチェン中尉も、針路変更後の相対コース確認のため、固唾を飲んで計器を見詰めている。
そのような中で操縦室の一番後ろに並んで座る、榊原翔大とラナ・アズリンは手持無沙汰だった。仕方がない。一応宇宙飛行士の訓練は受けているとは言え、科学雑誌の記者である翔大と女性物理学者のラナに、宇宙船の操縦で出番が回るようなら、それは緊急事態というものだ。
「ラナ。どう思う?」
宇宙服を着せられた翔大は、窮屈そうに首を左隣の席に座るラナ・アズリンに向けて、小声で尋ねた。褐色の肌を持つラナは前を向いたまま、後ろにまとめた黒髪の、右の耳元を指で直しながら流暢な日本語で応じる。
「目標が私達に気付いて、コースを変更したんじゃないか…って話? 今の段階では何とも言えないわ」
そう言っておいてから翔大に振り向き、真顔で付け加える。
「ファーストネームで呼ばないでって、何度も言ってるでしょ。あなたとは…もう…昔の話なんだから」
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