プロローグ

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プロローグ

   メキシコ共和国、サン・グリスパOSSSDO宇宙基地―――  青空の下、点在するサボテンと石ころだらけの大地。金網に高圧電流が流されたフェンスの前に、天蓋に重機関銃を取り付けた装甲車が、ずらりと並んでいる。  そのフェンスの向こう、基地の中では、発射台に据えられた宇宙往還機が打ち上げの時を待っていた。  ずんぐりとした円錐型の機体の下部には、不釣り合いなロケットブースターが六本も束ねて組み合わされており、所々から白い蒸気を高く噴き出している。  警備というには物々しい装甲車の列、それらが対峙するのは、基地を取り囲むデモ隊と、それを後押しする形で加わっている武装集団。テロリスト…いや、そう呼ぶには業を背負い過ぎた者達。飢餓に苦しみ、貧困に喘ぎ、憎しみを身に纏う事でしか己を主張出来ない者達だ。  世界は病んでいた―――  世紀を新たにしても、貧富の格差、主義・信仰の違い、環境の破壊…そしてそれら以外の理由で、世界の混乱は収まらないどころか、深刻さを増していた。  今更の環境保全はすでに手遅れであり、先進国の衰退がしわ寄せとなって、途上国を圧迫し、もはや人の命の重さも、口で言う程ではなくなっている。 「OSSSDOは、宇宙開発をやめろぉぉぉーーー!!!!」 「各国政府は、貧困対策に予算を回せぇーーー!!!!」 「無意味な事業に、金を使うなぁぁーーー!!!!」 「地球の救済を優先しろーーーーっっ!!!!」  装甲車と警備兵の前でシュプレヒコールを繰り返す、“自称・環境保護団体”。やがてその後方から装甲車の列に向けて、数発のロケット弾が撃ち込まれた。デモ隊の中に紛れ込んでいた、環境テロリストと呼ばれる武装集団からの攻撃だ。三台の装甲車に火柱が上がって横転する。一台の装甲車の中から、火だるまになった警備兵が転がり出て来ると、それを合図にしたかのように、残った装甲車が機銃掃射を始めた。  死傷者を出しながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う“自称・環境保護団体”の運動員の男女。銃撃に巻き込まれて絶命する親子は、ただ宇宙往還機の打ち上げを見に来ただけの、無関係の市民かも知れない。さらにロケット弾で反撃する武装集団。手当たり次第にサブマシンガンを発砲する警備兵。  すると今度は、“自称・環境保護団体”の運動員そのものが、隠し持っていた火炎瓶を投擲して来た。そして遂には、基地内から二機の戦闘ヘリが発進、空中から“自称・環境保護団体”―――いや、環境テロリスト達の掃討を開始する………  仮初めとはいえ平和だった時代。宇宙開発とそれに伴うロケットの打ち上げは、多くの観客の見守る中で、その平和の象徴として祝福されながら行われていた。  だが今は怨嗟の的の一つだ。特に深刻となった環境破壊と社会不安の影響を、まともに喰らうようになった国と、そこに住まう者達にとって、宇宙開発などに(うつつ)を抜かす人々は、許されざる存在となっている。  爆発と銃声と怒号と悲鳴の喧騒のその向こうで、人々に祝福される事も無く、宇宙往還機はエンジンを点火し、蒼穹の彼方へ翔け上がっていった………  
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