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 27時発のフライトだと聞いて、子どもたちは声を揃えて反対した。  海外で夜中に行動するなんて。  お母さん、日本で平和ボケしちゃったんじゃないの?  もう歳なんだからさぁ、昼間のフライトの方が身体も楽だって。  そんなふうに言われることはわかっていたので、私は子どもたちを黙らせる魔法の呪文を使った。 「でもお父さんは、反対してないわよ?」  案の定、子どもたちは口をつぐむ。子どもといっても、二人とも成人している。それでも、我が家では家長の言うことは絶対なのだ。 「大丈夫よ。空港まではホテルからタクシーを呼んでもらうし、まだ言葉も忘れてないわ。それに、お父さんが一緒なんだから」  そう言って笑うと、娘はため息をついた。 「私が一緒に行ければよかったんだけど…… 」  それについては、私も同じ気持ちだった。でも、今の子どもたちには仕事がある。小さかった頃のように、親の都合であちこち連れ回すわけにはいかないのだ。 「仕事優先でしょ。別につきあってくれなくてもいいわよ。正直、あなた達を一度スペインに連れて行ってあげたかったけど、まあそのうち、恋人とでも行きなさいな」  父親の仕事の都合で国内外を問わず転校を繰り返した子どもたちは、幸い二人とも日本の企業に就職できた。職場での人間関係も良好なようだ。  いじめや不登校で悩んだ時期もあったけれど、自立した大人になってくれて本当に良かったと思う。 「今回は夫婦水入らずの旅よ。気づいたら、ヨーロッパは25年ぶりなのよね。アンバーの世話と、洗濯はちゃんとしなさいよ」  犬の世話は、言わなくてもするだろう。平日は散歩に連れて行くのが難しいかもしれないけれど。  私は洗濯機の使い方を子どもたちに説明しながら、スーツケースに洗濯バサミを入れるのを忘れないようにしないと、と考えていた。
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