act.07

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act.07

<side-SHINO>  結局、部屋に戻るとすぐ、千春は眠ってしまった。  俺とこの旅行に来るために、徹夜までして仕事頑張ってくれたんだもんな。  それを思うだけで、凄く嬉しいよ、千春。  ホント言うと、いつも先に爆睡するのは俺の方で、起きる時も千春の方が早かったりする。  千春は低血圧で朝が苦手だって自分で言ってたけど、俺からみればどうも千春はいつも眠りが浅いみたいだ。  だから朝起きてもぼうっとしてしまうんじゃないだろうか。  今日は徹夜明けで疲れていたし、温泉に入って血行もよくなったはずだから、あっという間に眠ってしまった。  いつも俺の面倒ばっかみてくれてるから、たまには千春がゆっくり休まなきゃな。  俺はスースーと寝息をたてる千春の頬にキスをひとつ落として、部屋を出た。  旅館の売店で会社用のお土産を買うことにする。   ── う~ん、何がいいだろう。まだ連休の途中だから、長く保つものがいいけどな。 「どちらからお越しですか?」  ふいに声をかけられる。  振り返ると、眼鏡をかけた若い男の子が俺と同じようにお土産を見ながら立っていた。 「東京です」  俺がそう答えると、彼は「あ、そうなんですか? じゃ、僕と同じだ」と言って笑った。 「さっき、お風呂で一緒でしたよね」  そう言われて、俺は「ん?」と視線を上に向ける。   ── そうだっけ。 「ほら、背の高い男性と一緒だったでしょ。いや、あなたも随分背が高いですけど」  笑いながらそう言われ、千春のことを言ってるのかと思って、俺は「ああ、そうですね」と答えた。 「同僚の方ですか?」 「同僚じゃないです」 「じゃ、友達だ」  そう訊かれ、俺は取り敢えず「そうですね」と答えた。  “恋人です”なんて言おうものなら、後で千春に死ぬほど怒られる。  千春は、俺と千春が付き合ってることが他の人にバレることを極端に嫌がってるから。 「友達同士で温泉なんて珍しいですね。女の子のグループとかは普通にあると思いますけど、男同士っていうのは」 「変ですかね? 俺は別に変だって思わないけど・・・。あなたはどなたと来られてるんですか?」  「あ、一応、彼女と」 「へぇ・・・」  俺よりずっと若いのに、早くも彼女と温泉旅行かよ。凄いな。 「どこにお勤めですか?」  俺がそう訊くと、彼は頭を掻きつつ「大学生なんです、まだ」と答えた。 「え?! 大学生!!?」   俺が驚いて大きな声を出したので、周囲にいた人達が一斉に俺を見た。  俺は、すみませんと頭を下げる。 「大学生なのに彼女と温泉?!」  動揺のあまり、思わずため口になっちまった(汗)。  彼はテレ臭そうに「彼女の方が働いてるんで。男としては情けないんですけど、どうしても彼女が来たいからってことで」と言いながら、ハハハと笑った。  いやぁ、最近の大学生はリッチだなぁ・・・。  俺なんて三十過ぎてやっと恋人を連れて温泉来れたっていうのに。 「この宿には何泊されるんですか?」  そう訊かれ、「あ、一泊だけです」と答えた。 「え、そうなんですか? 明日には帰っちゃうんですね」 「ええ。予約を入れた時期がギリギリだったんで・・・。一泊できただけでラッキーだったっていうか。そちらは?」 「僕は三泊します」 「三泊も! 凄いなぁ。彼女、随分奮発したんだね」  俺がそう言うと、彼は苦笑いしていた。 「もしよかったら、夕食後バーコーナーで飲みませんか?」 「え? 君の彼女と一緒に?」   俺は眉を顰めた。  だって、なんでわざわざ温泉地まで来てカップルの間に挟まれて酒を飲まにゃならんのだ。 「いや、彼女はまた風呂に入りに行っちゃうと思うんで、暇なんですよ。そんなに何回もお風呂入るのも疲れるし」   ── う~ん、君が暇でも俺は暇じゃない。千春がいるし。千春との時間を割いてまで、目の前の彼と酒を酌み交わす特典が俺には見い出せない。 「いやぁ、連れがいるから・・・」  俺がそう言うと、「やっぱ、そうですよねぇ」と言われた。  丁度その時、向こうから「もう、どこにいたのよ~、探したのよ」という声が聞こえてきた。  そちらに目を向けると、桜色の浴衣を着たカワイイ女の子がパタパタと走って来た。  どうやらこれが「彼女」らしい。  なんだよ、メチャかわいい彼女じゃないか。  彼女は俺を訝しげに見たが、やがて笑みを浮かべて会釈して来た。俺も会釈で返す。 「知ってる人?」  彼女が小さく彼に声をかける。大学生の彼は、「うん、さっき大浴場で一緒だった人」と言った。 「そうなんだ。ね、もう食事の準備ができてるそうだから、部屋に行きましょうよ」  大学生が、大げさな仕草で売店の壁の時計を見る。 「もうこんな時間なんだ」 「そうよ。本当に何してるのよ」  ハハハと彼は笑った。 「じゃ、また」  挨拶されて、結局俺はポツンと一人残された格好になった。   ── 一体、何だったんだ、今の。  「お友達も一緒に」と言わなかったところを見ると、あのお兄さん、俺とサシで飲むつもりだったのか。 「・・・・。あんなにカワイイ彼女もいるのに。・・・変なの」  俺は小首を傾げつつ、適当にお土産の菓子折りを買って、部屋に戻った。           結局千春は、食事の準備が整う直前まで眠っていた。  仲居さんが千春が寝ていることに気がついて、食事の時間をずらしましょうかと言ってくれたが、あんまり長いこと眠ると夜に眠れなくなるから、俺は「起こしますから、準備してください」とお願いした。  千春の寝顔をこんなにマジマジと見れたのは、今日が初めてかもしれない。  いつもは俺も眠いモードだから、寝顔なんて見てる余裕もないし。  千春の寝顔って、こう言ってはなんだが、凄くあどけない。  起きてる時は実年齢よりも大人っぽいんだけど、寝てる時は年相応というか・・・それより幼く見える。   ── ま、ようはカワイイってことなんだけど。 「千春・・・、ご飯の準備できたって」  俺が千春の肩に手を置いて少し揺すると、「う・・ん」と少し唸って目を覚ました。  仲居さんがテーブルの上に料理の器を並べている音に気がついたらしい、千春はちょっと頭を動かして、隣の部屋の様子を窺った。 「 ── あれ? もうご飯?」 「そう」 「え? 僕、そんなに眠ってました?」 「うん」  俺が頷くと、千春は右手で顔を覆って、「あ~・・・」と溜息をついた。  ゆっくりと身体を起こす。 「そんなに寝ちゃったんですか・・・。申し訳ない・・・」 「なんで謝るんだよ。疲れてたから丁度良かったじゃないか」  俺はそう言ったけど、千春はまだ不本意そうな顔をしていた。 「起きたばかりでお召し上がりになれますか?」  仲居さんにそう訊かれ、千春は頷く。 「ええ、大丈夫だと思います。すみません、なんだか」 「いいえぇ。こちらの方こそ、無理に起こしてしまったみたいで」  二人揃ってテーブルについたけど、千春はまだ緩慢な動きをしていた。  俺以外の人がいるのに、そんな気の抜けた表情を浮かべる千春はかなり珍しくて、俺は思わず微笑んだ。 「お飲物は如何致しますか?」  仲居さんが、ドリンクリストを渡してくれる。  さすが地酒や焼酎の銘柄がずらっと並んでいる。もちろんその中に柿谷酒造のお酒も入っていた。しかしその他にもワインや軽めのカクテルも入っているところを見ると、女性客に対しての配慮もされているんだろうと思う。 「千春、何にする?」  俺が千春にドリンクリストを差し出して訊いたが、千春はポケッとした顔つきで、「シノさんの好きなのにして」と答えた。   ── フフフ、まだちょっと眠いのかな。 「じゃ、柿谷の大吟醸にしてもらっていいですか? 冷やで」 「はい、畏まりました」  仲居さんが笑顔で答えてくれる。彼女は、料理の説明をざっとしてくれた。  手の込んだ、見た目も華やかな料理が並んでいる。基本、山と川の食材が多いようだ。地物を使っているんだろうと思う。  どうやら話によると、これが前菜で後々更に料理が出てくるらしい。出張でいろんなところに行ってる俺だけど、さすがにこんなところに泊まったことないよ。  大吟醸で乾杯する頃には、千春もちゃんと目が覚めて来たらしい。  目をパチパチとさせながら、テーブルの上の料理を見て、「わぁ・・・、凄く手が込んでますね」と言った。  料理の内容は、味もボリュームも申し分なかった。  出汁の味を利かせた薄味の上品な味付けのものもあれば、酒のアテにぴったりな味のしっかりついたものもあって、食べていて楽しい献立だった。   石焼のステーキの食べっぷりを見て、仲居さんが「お肉のお代わりできますよ」と言ってくれたので、二人とも遠慮なく二枚目のステーキを頬張った。  柿谷酒造の大吟醸をこんなシチュエーションで初めて飲んだけど、やっぱり本当に美味くて。  優しく丸い味だけど、きりっと澄んだ香りが後から鼻に抜けて来て、何杯でも飲めそうな感じ。  やっぱり、親父さんの仕事はいいなぁとじんわりしてしまう。  柿谷の親父さんは凄く頑固で厳しい人だけど、心の中はとても優しくて温かい人だ。  それがお酒にも現れている。  『薫風』は相変わらず人気で、今やすっかり定番商品として定着した感じだったけど、『薫風』だけじゃなく大吟醸や生酒の美味しさも皆に知ってもらいたいって思うんだよな。 「 ── シノさん、あんまりお酒がおいしいからって、あまり飲み過ぎないでくださいね」  千春にそっと釘を刺される。  夕食後に俺がすっかり酒に酔って寝ちゃったら、折角温泉に来てるのに、すれ違いになっちゃうみたいなものだもんな。  俺はハハハと笑って、「わかってるよ」と答えた。  たっぷり二時間ぐらいかけて夕食を食べ終わった。 「美味かったぁ~、満足満足」  大きく伸びをして俺が言うと、千春がクスクスと笑う。  食器を下げていた仲居さんは「お口にあったようで、よかったです」と言った。  失礼しますと仲居さんがいなくなって、部屋の中は虫の鳴き声が聞こえて来る。  二人して、窓の外を眺めた。  外は暗かったが、所々にある照明が木々の緑を優しく照らしていて美しかった。  俺は、窓際の手すりに置かれてあった千春の手の上に、自分の手を重ねた。 「 ── なぁ、千春」 「ん?」 「もっかい風呂入りに行かない? もう疲れた?」  千春が俺を見る。 「実はさ、千春が寝てる間にフロントで貸し切り風呂の予約したんだ。一番川の近くにあって、半露天になっててさ、凄く素敵なお風呂なんだ。千春と入りたいって思ってさ。・・・ダメ、かな?」  俺が千春を見ると、千春はちょっと唇を噛み締めた後、少し微笑んで「うん」と頷いた。  俺は嬉しくなって、思わず顔がニヤケてしまう。  千春に肩をグイッと押された。 「何、シノさん、その顔」 「ハハハハハ」  俺は猛烈に恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。  あ~、俺ってば、期待してるのが丸わかり過ぎて、ホント恥ずかしい。  でも、恋人と一緒に二人きりでお風呂入るの、男のロマンだもん。  どんな男だって、心の奥底にはこんな野望が渦巻いてるはず。絶対。  俺達は、部屋の片隅に干してあった手ぬぐいを持って、部屋を出た。 <side-CHIHARU>  シノさんに、あんな風におねだりされたら、誰だって拒めないよ。  最近のシノさんはそれをちゃんとわかっていて、あの“取り残された子犬のような顔”をするんじゃなかろうかと思う。  僕に対してだけならいいけど、あの技を他でもやり始めたらホント困るよなぁ・・・。  そんなことを思いつつ、僕らは貸し切り風呂に向かった。  途中シノさんがフロントに鍵を貰いに寄っている間、僕は先にお風呂に向かった。  だってフロントで二人並んで貸し切り風呂の鍵を貰うだなんて、やっぱ恥ずかしいでしょ。  それに今回は昼間と違ってシノさん、下心ありまくりだし(笑)。  僕たちこれからお風呂でエッチなことしますってフロントで宣言するみたいなものだ。シノさん、そこのところもKYだから、隠すことができないし。  貸切風呂の入口が並んだ通路にあるベンチに腰を掛けて、組んだ足をブラブラさせながら待っていると、貸切風呂のひひとつから出て来たカップルに遭遇した。  一瞬「気まずい」って思ったけど、よく見たらあの眼鏡くんだったので、思わずじっと見てしまった。  だって、結構カワイイ彼女連れてたしさ。  それなのにシノさんに熱い視線を送りまくりっていうのは、どういう了見なんだ?  しかし、僕のそんな視線に気がついたのは、彼じゃなくて彼女の方だった。 「ひょっとして、澤清順先生じゃないですか?」  あ、ヤバい。  この子、僕のこと知ってるのか。  「そうですよねぇ?」  そう重ねて訊かれて、今更違いますとも言えず、僕は「はい」と頷いた。 「キャー! やっぱりそうだ! 私、昔からのファンなんです! ヤダー、実物はもっとカッコいいんですね~。凄いワー」  女の子からこんな風に騒がれるのはもう慣れてるんだけど、さすがにこの状況はなぁ・・・。  シノさんがもう来ちゃいそうだし。さてどうするか・・・。 「あ、ねぇ、ペンとか持ってない?」  彼女が眼鏡くんにそう訊くが、眼鏡くんは「持ってるわけないだろ」と不機嫌そうに言った。  そりゃそうだよ。  アンタ達、今まで一緒に風呂入ってたんだろ?  持ってきた荷物もさほど変わらないはずなのに、ペン持ってるか、はないよな。  思わず僕も、心の中でそう彼女にツッコんだ。 「あ、じゃぁ携帯で申し訳ないんですけど、一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」  女の子は必死に食い下がってくる。  僕は苦笑いした。 「だってそれは、彼氏に悪いでしょ」 「え? 全然大丈夫ですよ。ねぇ?」  彼女が眼鏡くんを振り返る。  眼鏡くんは話を聞いてなかったようで、「え? あ? うん・・・」と視線を泳がせた。   ── ひょっとして眼鏡くん、シノさんを探してる?  今度は僕が、内心ムッとした。  彼女、自分の彼氏が男にも興味あるっていうこと、知らないんだろうな。  まるで目の前の彼女が吹越さんと付き合ってる頃の僕を思い起こさせて、心の奥がチリチリとした。  丁度その時、シノさんが現れる。 「ごめん、待たせた。 ── って・・・、あれ?」  シノさんがカップルの存在に気がついて、眼鏡くんを指差した。 「君はさっきのお土産コーナーの・・・」   ── さっき? お土産コーナー???  なに、シノさん。それってどういうこと?  僕が腕を組んでシノさんを見上げると、さすがのシノさんも僕の冷めた目に気がついた。 「あ、千春が寝てる間にお土産コーナーで会って、ちょっと話しただけ・・・」 「ふぅん・・・」  僕とシノさんのやりとりをポカンと口を開けて見ていた彼女は、急にハッと正気を取り戻したような表情を浮かべ、「じゃ、失礼します!」とぎこちない様子で眼鏡くんの腕を取った。 「な、なんだよ、いきなり」  折角のシノさんとの再会を唐突に彼女に邪魔されて、眼鏡くんが声を荒げる。  しかし彼女は「いいから! もう遅いから! ね、部屋に帰りましょ」と言って、強引にグイグイと彼氏を引っ張って行った。  今度はその様子をシノさんがポカンとした表情で見ている。  僕も腕を組んだまま、彼女達が消えた小道の先を見つめた。   ── 彼女、シノさんが僕の恋人だってこと、絶対気づいたよね。彼女は僕がゲイだって当然知ってるわけだから。  この後部屋に帰って、彼氏に散々そのことを言うだろうな。女の子ってつくづくゴシップ好きだから。  でもま、丁度いいや。あの眼鏡くんに人のものに手を出すなってプレッシャーになるだろうし。── シノさんは、絶対に僕のものだし。 「さ、お風呂入るんでしょ。早くしないと、予約時間、終わっちゃいますよ」  僕は素っ気ない口調でそう言うと、シノさんの手から鍵を取って、お風呂の戸を開けた。  シノさんは、「怒ってる? なぁ、千春、怒ってるのか?」と後から追いかけて来た。  怒っているというより、シノさんに変なちょっかいを出されてムカついてるってとこかな。あ、でもそれって、怒ってるってことか。 「ハハハハハ」  突然僕が笑い出したから、シノさんはびくっと身体を震わせて、目を丸くして僕を見た。  もう、そんなに怯えないでよ。カワイイんだから。  僕は、シノさんが入った後に戸の内鍵を締めると、シノさんに軽くキスをした。  一瞬、シノさんはまた驚いた顔をしたが、やがて「ヘヘヘヘへ」とだらしなく笑った。 「また、そんな顔する」  僕は溜息をついて、脱衣場に上がった。 「え? 俺、カッコ悪い?」  シノさんは自分の両頬に手を添わせて、心配げにそう訊いてきた。   ── カッコ悪いんじゃなくて、カワイ過ぎるんです。  僕はシノさんの質問に答えずに、浴衣の帯を解いて、肩から浴衣を少し落とした。  するとシノさんが後ろから抱きついてきて、僕の項に唇を押し付けてくる。 「 ── ん・・・、ダメだよ、シノさん。お風呂入れなくなるから」  シノさんは渋々といった感じで僕から離れると、彼も浴衣を脱いだのだった。
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