act.23

1/1
1638人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ

act.23

<side-SHINO>  俺は残った仕事を急いで済ませると、会社を出てすぐ川島の携帯に電話した。  だが、川島は電話に出ない。その後も駅まで歩く道すがら何回もベルを鳴らしたけど、川島は電話に出てくれなかった。  なんで川島、電話に出ないんだろう・・・。  電源を切ってないのなら、出る可能性だってある。  俺はそう思って、しつこいとは思ったけど、何度もリダイヤルを繰り返した。  川島は能天気そうに見えて、悩み始めたら自分を追い込むタイプだから、凄く心配だ。  話の全容はわからないけど、経理が問題にするぐらいの損失なのだから、ある程度纏まった金額の融資をしていたのだろう・・・。  さっきから湿った風が頬を撫でて行くと思ったら、途中で大粒の雨が降り始めた。  俺は咄嗟に開店したてのドイツパブ風のお店の軒先に身を寄せ、雨を避けながら再度リダイヤルする。  ガラスのドア越し、レジに立っている女性店員がこちらの方をじっと見ていた。  店の入口に立ちはだかる形になっていたから、きっと営業妨害だとでも思われたのだろう。  俺は携帯電話を耳に当てたまま、「すみません」と目で訴えてペコリと頭を下げ、なるだけ邪魔にならない位置に身を寄せた。取り敢えず女性店員は笑顔を見せてくれたので、少しくらいの雨宿りは大丈夫だろう。  そうこうしていたら、不意に電話が繋がった。 「川島?!」  思わず大きな声で川島の名前を呼ぶと、しばらくの沈黙の後、『 ── なんだよ』と低い声で返事が返ってきた。  やはりその声は、随分元気のない声で。  電話が繋がったことで一瞬ほっとした俺だけど、川島のその声を聞いて、また不安になった。 「お前、大丈夫か?」 『なにが』 「なにがって・・・。随分気落ちしてるみたいだったからさ、心配になって・・・」 『お前が心配することでもないだろ』 「そりゃ心配するだろ?! なんでもっと前に相談してくれなかったんだよ」  俺がそう言うと、スピーカーの向こうでハッと軽く笑った声が聞こえた。 『お前に相談したからって、どうこうなるものでもないだろ。問題がでか過ぎる』 「それでも・・・! 一人で考えるより二人で考える方がいい打開策が浮かぶかもしれなかったじゃないか」 『・・・へぇ。ここのところ飛ぶ鳥を落とす勢いの篠田さん直々に、解決策をご享受してくださったって訳か』  川島のその言葉に、俺の胸がドクリと揺れた。 「・・・え? なに言ってるんだよ、川島・・・」 『なにを言ってるかって? わからないのか? すっとぼけてるだけだよな。 ── ここのところ俺は、耳にタコができるぐらい、課長に「シノのことを少しは見習え」って言われ続けてるよ。お前、ルックスが変わってから、仕事、万事OKだもんな。やること成すこと当たりまくってさ。あのシブチンで有名な経理部長だって、お前のこと凄く褒めてたよ。男前はなにかと得だよな。それに引き換え俺は・・・。スーツを新調したらコケおろされるし、仕事はやればやるほどうまくいかねぇし・・・。美樹ちゃんだって・・・。お前だってきっと俺のこと、馬鹿にしてんだろ? 心の中で笑ってたくせに』  川島の暗く震える声を聞いて、俺の目の前を落ちる大粒の雨がぐにゃりと歪んだ。  まさか、まさかあの川島が、そんなことを思っていたなんて・・・。  俺の鈍感さが、ここまで親友を追いつめているとは思わなかった。  正直、千春と付き合い始めたことで心身ともに幸せになり過ぎて、俺、全然川島のことが見えていなかった。  すぐ隣にいたのに、川島の苦しみに気づいていなかった。  そうだよな。  「相談してくれ」って言ったって、隣で浮かれまくってる俺になんて、言えるはずがない・・・。 「・・・ごめん・・・。ごめん、川島・・・。でも・・・でもこれだけはわかっていてほしい。俺はこれまで一度も川島のことを馬鹿にしたことはないし、大事な大事な親友だと思ってる。今回のことも、例え無駄だったとしても、それでも俺はお前の荷物を半分持ちたかった。持ちたかったんだ・・・」  俺がそう言うと、しばらくの沈黙が流れた。  川島の息づかいは少し荒くて、泣いてるのかもしれないと思った。 「・・・なぁ、川島・・・」 『だから!! だから俺は、お前のそういう偽善者ヅラがもう耐えられないんだよ!!』  川島が最後そう叫んだ後、電話が切れた。  もうリダイヤルしても、電源が切られていた。 「川島・・・」  俺は思わず身体の力が抜けて、その場にズルズルと座り込んだ。  軒先から身体がはみ出て、大粒の雨が俺の身体を叩いたけれど、それもなんだかよくわからなくて。  川島から言われたことが、グルグルと頭の中を駆け巡る。  偽善者・・・。  俺、偽善者なのかな・・・。  数回重たく瞬きをすると、睫毛にたまった雨水が、ぽたりと俺の手の甲に落ちた。     <side-CHIHARU>  シノさんの帰りが遅くて心配になった僕は、車でシノさんの会社にまで来てしまった。  外は梅雨前だというのに大粒の雨がザーザーと降っていて、ワイパーはひっきりなしに動いていた。  大抵、残業の時は夕方シノさんから電話がかかってくるのが常だったが、今日はその電話がなかった。  そんなこと別に大したことないのかもしれないけど、シノさんは凄く律儀な人だから、連絡がないというのはやはりどこかおかしい訳で。  車をシノさんの会社の前の道路に横付けしたのはいいけれど、その後どうしたらいいか、僕は考え込んでしまった。  ああ、僕って、シノさんのことになると無計画に身体が動いてしまう。  なんの作戦もなしにここまで来るのは流石に無謀だったかな・・・・。  僕は、チノパンのポケットから携帯を取り出した。  シノさんが仕事中は迷惑になるからと極力こちらからは電話はしないと決めていたが、終業時間をかなり過ぎた今なら大丈夫だろうと判断して、僕はシノさんに電話をかけた。   ── おかしい。出ない。なんだろう、何かあったのか・・・。  シノさんの携帯にリダイアルしてる間に会社の正面玄関から、見覚えのある女性の姿が出てきた。  確か、シノさんと同じ課の女性社員だ。デパ地下のイベントスペースで見かけた。  僕は携帯をポケットに仕舞うと、車外に出て傘をさし、女性の元に駆け寄った。 「あの、すみません」  僕が声を掛けると、赤い傘をさしたその女性は、「はい?」と若干警戒した声で答えながら振り返った(確かにこんな遅い時間に突然男が声を掛けてくるなんて、本当ならろくなものじゃない)。  しかし彼女は、僕が何者かすぐにわかったようで、「あ!」と驚きの声を上げた。 「さ・・・じゃなかった。な、成澤さん・・・でしたっけ?」  女性が言う。僕は面食らった。『澤清順』の方ならまだしも、まさか本名を覚えられているとは思わなかった。 「え、ええ。そうです」 「ひょっとして、篠田さんをお迎えに?」  そう言われ、二度驚いた。  なんでわかったんだろう。 「篠田さんなら、もう随分前に退社されたんですよ。まだ帰ってないんですか?」 「え? ええ。なぜか電話も繋がらなくて・・・」  僕は考えを巡らせた。  ひょっとしたらシノさん、僕の仕事場の方に行ってるってことあるかな?  いや、でもシノさん、あそこの合鍵まだ持ってないし。もう電車に乗ってしまって、行き違いになったとか・・・。 「ひょっとしたら、川島さんのところに行ってるのかも」 「え? 川島さん?」 「ええ。篠田さんと同期の社員です。課も同じなので、凄く仲がよくて。でも、川島さんが仕事でミスして落ち込んでたから、篠田さん、励ましに行ったのかも。随分急いで会社を出ましたから」  女性社員にそう言われ、僕は「ああ」と安堵の息をついた。  なるほど、そういうことならありえそうな話だ。 「ありがとうございます。教えていただいて・・・。ええと・・・」 「田中です。私も篠田さんと同じ課で働いています」  名前を聞いて、あっとなった。  確かシノさんからよく聞く同僚の名前だった。  どうやら会社でシノさんの面倒をよくみてくれている人らしい。  僕は思わず、「篠田がいつもお世話になっています」とうっかり言ってしまった(汗)。  言った後でハッとする。  これじゃまるで、僕とシノさんが普通の関係じゃないっていうのを自分からバラしているみたいなものじゃないか。  い、いやいや、男の友達でも言わないことないよね。「お世話になってます」って。  そういう意味に取ってもらえてるよね。  ああでも、田中さんがもし僕のことを澤清順だって知ってたら、僕がゲイだってこと当然知ってることになる。  そうなるとシノさんもゲイだってことになって、事態は悪い方に・・・。 「やだぁ、成澤さん、目が泳いじゃってますよ。どうしたんですか?」 「え? あ? あはははは」 「あはははは」  なぜか二人で笑った。  なんだろう。この人、僕とシノさんの関係を知ってるのかな。それとも、知らずにこの対応なのか。う~ん・・・よめない・・・。 「ちょっと川島さんに電話してみますね・・・。あれ? 電源切れてる。なんでだろ。二人で飲んでるのかな? ごめんなさい、ちょっと川島さんとも連絡取れないですね。どうしましょう」  困り顔の田中さんに見上げられ、僕は頭を掻いた。 「ああ、もう大丈夫です。行き先がはっきりしてるんなら、構いません」  「家で待つことにします」という言葉はなんとか飲み込んで、僕は田中さんに頭を下げ、車に戻ろうとする。  よかった、ぎりぎりセーフだったに違いない・・・と思った矢先、車に乗り込もうとする僕に、田中さんは雨音にも負けない声で、「私、お二人のこと、応援してますから!」と言った。  は?!と固まる僕を余所に、田中さんは可愛く僕に向かって手を振ると、駅に向かって駆けて行ったのだった。  僕はよろよろと車に乗り込むと、ハンドルと掴んで首を傾げた。 「お二人のこと・・・応援してる?」  ・・・・・・・・。  やっぱり、バレバレなんじゃないの? 僕とシノさんの関係(大汗)。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!