act.28

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act.28

<side-SHINO>  翌朝、俺の目覚めは非常にスッキリとしていた。  周囲を見回し、時計を見ると、まだ朝の六時だった。だが、ベッド下に敷かれた布団の上に千春の姿はなかった。  熱はもうすっかり下がって、額はややひんやりしていた。  自分を見下ろすと、昨夜エッチに突入する前とは違うTシャツを着ていて、千春が着替えさせてくれたんだとわかった。  昨夜は二回イッた後、情けなくも体力の限界を迎えた俺は、そのまま最後までできずに爆睡しちゃったんだ(汗)。  千春には抱いてくれって息巻いたくせに、本当に何だか申し訳ないって感じで。  最後までできなかった千春は、不完全燃焼ってところじゃなかろうか。  多分千春は、そんなことで怒ったりはしてないだろうけど、結果、期待だけ持たせてしまったことに反省してしまう。 「あ~・・・・。ホント、ごめん・・・」  千春はそこにいなかったが、思わず俺はそう呟いた。  千春には申し訳なかったけれど、実はこの俺はというと、心のモヤモヤがスッキリと晴れて、軽やかな心持ちだった。  昨夜までは川島とのことを考えて悶々としていたくせに、何が何だかわからなくなるぐらいまで快感に喘いでると、それと一緒に悩みまで口から出て行ってしまったかのように思える。  なんか・・・セックスって偉大だぁ・・・。  頭で考えて煮詰まったら身体を動かせって課長が言ってたけど、まさかその台詞を千春とセックスに明け暮れた翌日に実感することになるなんて。  ── たはは・・・、恥ずかしい・・・。  昨夜は結局最後まで至ることはなかったが、それでも俺は十分「千春に抱かれた感」満載といった感じで。  これまで一方的に感じさせられることがまったくない訳ではなかったが、それでも昨夜の千春は違ってた。  明らかに、「男」の顔をしてた。  艶っぽさは相変わらずだったけど、そこになんて言うか・・・大きな包容力というか・・・逞しさというか・・・。身体つきは俺の方が厚いのに、そんなの頭から飛んでしまうほど、力強くて・・・・。 「わ~~~」  俺は昨夜のことを思い出して、思わず布団の上に突っ伏した。  なんだかほっぺたがカッカカッカする・・・。  その声を聞きつけたのか、襖が開いて千春が覗き込んでくる。 「あれ? シノさん、もう起きたの?」  ベッドに突っ伏したままの俺を見た千春は、ベッドの傍らに腰を下ろすと、「なに、シノさん。まだ具合悪いの? 熱は昨日のうちに下がったみたいだけど」と声をかけ、背中を擦ってくれる。  俺はたまらなく恥ずかしくって、掛け布団に顔を埋めたまま、顔を上げられなかった。  ちょっと、どんな顔して千春と顔をあわせていいか、わからない。  女の子のように千春に抱きすくめられたことを思い出したら猛烈に恥ずかしくなって、一気に頭に血が昇る。  心配げに俺の背中を擦ってくれていた千春が、ふいに手を止め、言った。 「ちょっとシノさん。具合悪いの? それとも、それ、恥ずかしがってるの?」  俺は、布団に突っ伏したまま、「ん?」と訊き返すと、千春は「だってシノさん、耳、真っ赤だよ」と言った。   ── あー、もうバレまくってる・・・。 「ちょっとシノさん、顔、見せて」 「嫌だ」 「ヤダじゃない」 「嫌だって」 「じゃ、一生そのままでいるつもり?」  んん・・・さすがにそうもいかないか・・・。  俺は観念して、顔だけ横に向けた。  呆れた顔をしていた千春は、俺の顔を覗き込んで、フフフと笑う。 「シノさん、おはよう。よく眠れた?」 「う、うん」 「よかった。随分スッキリした顔してる。お腹、減ったでしょ? 昨日、まともに食事とってないものね」  千春にそう言われ、途端に空腹を感じた。  タイミングよくというか、俺にとってはタイミング悪く、お腹がグーッと鳴る。  はぁ~~~~、もう、ハズいったらありゃしない・・・。 「よかった。お腹がすいてきたんなら、本当に元気になった証拠ですね。病み上がりの上に昨夜はちょっと無理させたから、本当は今日ぐらい休んでほしいけど・・・・。どうせ行くんでしょ? 会社」  千春にそう言われ、俺は身体を起こすと、うんと頷いた。  だって熱も下がったし、おかげさまで気分も軽くなってるから、休む理由がない。 「ま、そんなことだろうと思ってたけど。でもいつもより確実に体力落ちてますから、くれぐれも無理はしないこと。いいですね」 「は~い・・・」  まるで学校の先生に言われてるみたいだ。  そういや小学校三年生の担任だった美人先生に千春、似てるかも・・・。  そんなことを思いながら俺はベッドから立ち上がると、一瞬身体がグラグラとした。 「ああ、ほら、一気に身体を動かさないで。栄養不足も甚だしいんだから」   千春が俺の腕を支える。  ホントだ。  千春の言う通り、大分体力落ちてる。  たった一日具合が悪かっただけなのに。  普段あんまり病気らしい病気になったことないから、何だか変な感覚だった。 「朝ご飯、もうすぐできますから、椅子に座ってて。今日は流潮社に行くついでにシノさんを車で送っていけますから、いつもよりゆっくり準備できるでしょ。シャワー浴びるのは、ご飯食べてからにして」  そういや俺、昨日からずっと汗掻きっぱなしだったもんな。  身体は千春がこまめに拭いてくれていたんでサラサラしていたが、髪の毛はぺっちゃんこになっていた。  その後、ボリュームたっぷりの、でも消化の良さそうな朝ご飯をしっかり食べ、シャワーを浴びる頃には俺はいつも通りの生活リズムを取り戻していた。  それもこれも、全部千春のお陰。  千春が、「僕がシノさんを守るよ。僕だけは、最後までシノさんの味方だ。シノさんを、絶対に一人にはしないよ」と言ってくれたから、そして優しく俺を抱いてくれたから。  それが混沌とした泥沼にはまり込んでいた俺を、一気に引き上げてくれた。  まだ頑張れると思わせてくれた。  シャワーを浴びてバスタオルを腰に巻き、ダイニングキッチンに戻ると、食器を片付けている千春の背中が見えた。  その背中を見ていたら、感謝と愛おしさが込み上げて来て、思わず俺は後ろから千春を抱き締めていた。 「・・・! シノさん?」  驚いて振り返ろうとした千春の肩口に顔を埋め、俺は「ありがとう」と言った。 「千春のお陰で元気が出た。いつもの俺に戻ることができた。本当に、ありがとう」 「シノさん・・・」  千春が、前に回した俺の腕にそっと手を添わせる。  俺は、二回、三回とギュッギュと千春を抱き締めた。  千春は少し洟を啜ると、「早く服を着てきてください。風邪がぶり返しますよ」と言ったのだった。 <side-CHIHARU>  シノさんを会社に無事送り届けた後、先日岡崎さんと約束した通り、流潮社に出向いた。  地下の駐車場に車を停めて、エレベーターに乗ると五階のボタンを押した。  途中、一階でたくさんの社員が乗り込んできて、僕だとわかると皆「おはようございます」と挨拶をしてきた。  作家の中には、地味過ぎて顔を覚えてもらえず挨拶もしてもらえないと嘆く人もいるらしいが、僕はマスコミへの露出も多いので、大抵の社員さんが「澤清順」だとわかるようだ。  特に女子社員は、例え僕が全く見覚えのない相手だとしても熱心に僕に挨拶をし、熱っぽい目で僕をチラチラと見てくる。   ── 熱っぽいと言えば・・・・そういや僕もなんだか熱っぽい。彼女達とは違う意味で。やっぱりシノさんの風邪、うつっちゃったかな。  もしそうだとしたって、逆にそのシチュエーションに萌えてしまう僕だけど。  ああ、僕は呆れ返るくらいシノさんフリークだ。シノさんフェチと言った方がいいかもしれない。  以前の僕は変人扱いをよくされていたけれど、今の僕はきっと変態だよね。シノさんのことに関しては。   ふと、胸元でiphoneが震える。メールだ。  iphoneを取り出してタップすると、案の定、シノさんの会社の同僚、田中さんからのメールだった。 『篠田さん、無事捕獲しました。完全復帰のご様子。成澤さんの手腕、お見事です』  と、なんだか女の子らしからぬ文章のメールだった。  今朝、シノさんがシャワーを浴びている間に、田中さんに『シノさん、本日、出社します。病み上がりなので、気をつけておいていただけると幸いです。よろしくお願いします』とメールを送っていた。その返信メールだ。  僕は思わず、田中さんのメールの文面を読んで、プッと笑ってしまった。  彼女とは、なんだかウマが合いそうだ。  僕が笑ったことに過剰反応を見せる女子社員を尻目に、僕は岡崎さんのオフィスがある五階でエレベーターを降りた。  ああ、ちょっとフラフラするかも。  思えば昨夜はまともに眠ってないから、寝不足のせいもあるのかも。  岡崎さんのオフィスに入ると、中はバタバタと慌ただしい様子だった。 「ああ! 澤くんごめん! そこに座って、少しだけ待っていてくれないかしら!」 「ええ」 「みゆきちゃん! 澤先生にコーヒー出して!!」 「は~い」  僕は、パーテーションで分けられている打ち合わせブースの椅子に腰掛けた。  すぐにちゃんとしたドリップコーヒーが出される。  これはありがたい。少しは目が覚めるかも。  僕は窓から見えるビル群の風景を眺めながら、コーヒーを啜った。  しかしそれにしても、シノさん・・・。 「可愛かったなぁ・・・・」  昨夜のシノさんを思い出して、顔の筋肉がふにゃっとなる。  それを見たみゆきちゃんとやらが、目をぎょっとさせて、「岡崎さん! 澤先生の様子が変です!! 病気かも!!」と叫んだみたいだが、生憎とその声は僕の耳に届かなかった。  昨夜は結局、最後までシテないんだけど、それでも僕は十二分に満足していた。  最後までシテないとはいえ、僕としては、男として「抱く側」のセックスが初めてできたわけで、実際にシノさんもそう思ってくれている様子だった。  これまで決して受け入れたことのない愛撫を僕からされて、それでもシノさん、一生懸命我慢してくれた。  凄く恥ずかしがってたけど、それでも受け入れてくれた。  シノさんも充分感じてくれてたようだし、僕も相当気持ちがよかった訳で、本当に素敵な一夜だった。  その上に、翌朝心晴れやかな表情で「ありがとう」って言ってもらえるなんて、むしろ僕の方がありがとうっていう気持ちです。  緊張でガチガチになっていたシノさんは、確かに過去僕と肌を合わせてきた男達の中でダントツに不器用な相手だったけど、でも僕が抱く側として過去最高の快楽を得られたのは昨夜のセックスで間違いない。  身体の結びつきがなくったって、心で繋がってさえいれば、最高の快楽と幸福が得られることを、僕は改めて昨夜のシノさんから教えられた。  ああ、どんなヤツだって、シノさんの可愛さ、美しさには適わないよ。  感じてる時のシノさんの表情、いつもより少し高めの喘ぎ声、キレイな形のお尻、イク時にぎゅっとしがみついてくる腕の感触・・・。  ああ、これでもし本当に最後までできる日がきたら、僕の快感はどこまで高まってしまうのか。 「うわぁ~~~~、頭おかしくなりそう!」  僕が思わずそう叫ぶと、ふいに目の前に赤いネイルに彩られた手のひらがニュッと伸びてきて、僕の額に押し付けられた。 「えぇ!! ホントだ!! ちょっとみゆきちゃん! 澤先生に風邪薬とお水持ってきて~~~!!!」  フロアに岡崎さんの金切り声が響き渡ったのだった。
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