驟雨

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 ある地下のレストランが葉室(はむろ)涼介(りょうすけ)の目的の場所だったが、行き交う人々の肩や背に邪魔されて、狭い歩幅でのろのろと進むことしか出来ない。日曜日の新京極はひどい混雑である。しかし、そのことが彼を苛立たせたりはしない。うしろに連なっている群衆が、彼の軀をゆっくりとした一定の速度で押してゆく。彼はエスカレーターに乗って動いているような気分でいるつもりだった。  約束の時刻は午後三時。彼は左の袖を少しずらして、腕時計を見た。太陽系を模した複雑な文字盤。文字盤の中央が太陽で、中央より少し下が地球である。太陽の廻りを、水星、金星、火星、木星、土星、そして黄道十二宮のディスクが回っている。水星ディスクと金星ディスクは反時計回り、それ以外のディスクは時計回りに回転している。地球の周りには月が回っており、ムーンフェイズが読み取れる。太陽系の運行をリアルタイムに表示するこの時計から、彼は現在の時刻を読み取った。  それから、これから会うはずの女の顔を、彼は瞼に浮かべてみた。人形のような肢体と服装。美しい言葉を巧みに選んで話をして頽廃的な笑みを浮かべる、どこか浮世離れしたようなあの女。彼の腕時計は、女をスイスに連れて行ったときに買ったものである。女の、「この三部作が好きで好きで仕方が無いの」という言葉が決め手だった。女にも、同じシリーズの腕時計を買ってやった。確か、女の時計は世界で一番複雑な時計らしい。  
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