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次に女と会ったのは、大学の新歓の席である。猥雑とした居酒屋で、女だけがただ一人、高貴な雰囲気を纏っていた。葉室は女の向かいの席に腰を下ろし、改めて正面から女の顔を見た。つくづく美しい顔だと思った。自分の前に座った葉室の顔を見て、女は言った。
「この間お会いしたときは、ひどく空が荒れておりましたわね」
「ああ──」
彼は、どう言葉を接げばよいかわからず、ただ目の前に置かれた麦酒の泡を見ていた。
「非礼を詫びようと思っていましたの。あのときからずっと」
「いや、いいのです。──でもなんでまた、あんな雨の中を」
女は、たおやかにほほえんで言う。
「春の雨は、ゆるやかに病みながら死なないでいる万物に降るから」
ゆるやかに病みながら死なないでいる万物。飲み会が終わるまで、始終この言葉が女のほほえみと一緒に葉室の頭の中を巡っていた。
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