135人が本棚に入れています
本棚に追加
俺の妻は日本人。可憐で美しく、しなやかで優しい。もはや俺の中では世界の常識といっても過言ではない。
絵にも描けない色気は、まるで俺のためだけにあるかのような妖艶さで、今まで出会った全ての男たちが霞んで見えるほどなんだ。あのとき、別荘でプロポーズしたのは間違いじゃなかった。生涯をかけて愛する価値のある人間と巡り会えたことがこんなに幸せなことだとは、かつて遊び呆けていた俺に伝えてやりたい。そんなことをハニーに話したら、照れてひっぱたかれるのがオチなんだけどな。
そんな形容詞の全てが凝縮されて発揮される瞬間がある。ごく稀にある、ハニーが泥酔したとき。彼は酒が強い方なんだが、つい飲みすぎてどうしようもなく酔っ払っちまうことがあるんだ。翌日が休みの日の夜なんかが多いかな。
最近だと先週金曜の夜。レストランで食事した後マンションに帰ってきて、下の階にバー風に造ったリビングで一緒に飲んでいたんだ。外で酔っ払うことはほとんどないんだが、家だと安心するらしくて酔っちまうと言っていた。さらに2人っきりとなると、キンチョウノイトとかいうやつが切れるそうで、余計に酔っ払っちまうんだそうだ。気持ちはわかるぜ。
「もぉーやーだー、眠いのー寝るのー」
またその酔い方というのが可愛いんだ。意外だろう? プライベートも仕事もベッドの中でもセクシーなハニーが、酒を飲むと急に甘えん坊なネコになるなんて。いつもはつまらなそうにしている大きい瞳が、急に子供っぽくなっちまう。今はカウンターに突っぷして頭を大きく横に振っていた。
「そうかそうか、眠るんだなハニーは」
俺はそういうとき、とことん甘やかすことに決めている。いつもは俺が甘えているからな、こういうときじゃないとたっぷり甘えさせてやれないから。背中を優しく撫でると、でかい声でやだっ!と発した。
「やだっ、寝ない」
「今眠いと言ったぞ?」
「言ってなぁい」
天邪鬼で仕方ない。思慮深い普段の彼からは考えられない仕草さ。
しまいに上目遣いで見つめられると、愛しさが溢れて仕方なくなる。
「言ってなかったか、俺の聞き間違いか」
つい目尻が下がっちまうのも、まぁいい。バーを店じまいして、上の階に戻るとしよう。きちんとベッドに寝かせてやりたい。
「ハニー、おいで。抱っこしてやろう」
ここだけの話、泥酔したハニーは抱っこが大好きで、腕を広げるだけでふわっと抱きついてくる。
「うん、抱っこして抱っこ」
舌ったらずにもなる。そこがまた可愛い。それでも英語で話すから大したもんだと思う。
お望み通り抱き上げて、そのまま室内エレベーターに乗る。俺のお姫様は酒の匂いを漂わせながら、今にも寝息をたてそうなくらい静かなゆっくりとした呼吸をしていた。ベッドまでの動線はバーからすでに確保されていて、エレベーターを降りれば直進。あとは寝室の自動ドアをくぐればいい。
「まだ? まだつかない?」
俺に抱き上げられたまま、足首をパタパタさせている。
「もう少しだ、もう少しだけ我慢してくれ」
愛する妻を無事にベッドまで送り届ける。今日一番の大仕事だ。慎重に行わないと、今後の人生の大問題になっちまう。
「いっしょに寝よ」
ほとんど消えそうな声でつぶやくと、妻はそのまま寝息をたて始めた。
「……やれやれ」
本当に愛らしくて手が焼ける。
愛しい俺の妻。
ベッドに静かに横たえて、そのまま隣に寄り添った。
「シャワーは明日の朝、起きたらいっしょに浴びよう」
そっと囁くと、寝ているはずの妻はなんとなく笑うのだった。
ー終わりー
*あとがき*
ご覧くださいましてありがとうございました! はじめての富豪さん目線でした。
たまに甘ったれる刺青さんの様子をお楽しみいただければ幸いです。
ただ今連載中の本編はもう少し続きます。同時進行で、刺青-shisei-から甘い蜜と午後3時+書き下ろしのお話を含めた文庫サイズ同人誌を作成中です。
イベントは来年秋大阪で開催予定の一次創作BLオンリーイベント「BL Coordinate」様に参加を予定しています。個人的に今年のうちに仙台コミケか冬コミ出られたらなーと思っているくらいです。そこは本の出来次第で…
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
六分儀サヨコ 2019.6.9(ロックの日)
最初のコメントを投稿しよう!