『蛇神の面』

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 青年は、妖術師であった。   彼の家系は、世にはびこる物の怪を使役する術を生業とするもの。この乱世の世、人知の及ばぬ力を持つ物の怪は、戦の道具として重宝されていた。  ――どこまでも、道具として。  即ち、人間や動物、虫や畜生ですらない、ただの道具。  その理由は妖術師の使役の手段にも通じていた。  妖術師は、使役する物の怪を一度殺す。そしてその後で、屍に術をかけ操るのだ。  一見、妖術師が使役する物の怪は生きている。しかし、術師が念じれば、たちまちもの言わぬ骸に戻ってしまう。それは物の怪にとって、死んでなお、かりそめの命を与えられ酷使され続ける地獄だった。  そういった妖術師の在り方を、青年の両親はひどく嫌悪していた。青年の父は、彼が幼き頃から物の怪は人と同じ、生ける存在であることを教え、共に歩む道を志していた。  その背を見て育った青年もまた、父と同じ道を歩もうと決心したのだが――。  彼の住む屋敷は、皮肉にも、物の怪に襲われた。  まるで嵐のような轟音に跳び起きた青年が見たものは、自分の寝室の寸前まで崩落した屋敷と、穏やかだった父の首を踏み潰し、闇夜にうごめく、物の怪の姿だった。  それは生きる本能か、恐怖か。青年は寝巻のまま寝室を飛び出した。振り返らずともわかる、どこまでも追ってくるような物の怪たちの影に、がむしゃらに夜道を走り――。  どれほど時間が経ったのか。  どうにか逃げおおせた青年だったが、眠っている間に物の怪の瘴気の毒を浴びたのか、頭痛や目眩に襲われ、胸も次第に痛みを増していた。半ば朦朧とした足取りで彼は山道を歩き続け、やがて、たどり着いた。  そこはうつろに見た夢か、極楽か。  山の中に切り抜かれた場所で彼が目にしたものは、白く咲き乱れる花。そして、陽光を白く映す大地に立つ屋敷だった。  おぼつかない足取りだが、屋敷に誘われるように向かった青年は――小道の脇にあった小さな土盛りに足を取られ、転んだ。 (これで、わたしも終わりか――)  既に、起き上がる気力はない。  全身を侵す熱のような痛みを感じながら、青年は腕を投げ出す。すると、何かが指先に触れる。 (……骨?)  人のものではない。しかし青年が知っているような獣のものとも違う。人のそれに近い、まるで蛇のような頭蓋骨だった。 (これは……なんという、偶然か)  昔、家に立ち寄ったとある旅人が、蛇の物の怪を退治するという話を聞いたことがあった。もしかすると、これはその旅人の探していた物の怪の亡骸なのだろうか。骨には、額のあたりにまるで鋭い刃物で突かれたような穴が開いている。 (無念だったろうに)  その旅人が討ち取ったのかは定かではないにせよ、人間に討たれる物の怪の存在に、青年の胸は痛んだ。青年は痺れる腕をもたげ、手のひらをその頭蓋にあてる。  普段、妖術師として物の怪を復活させる時には、印を結び、祝詞を唱えなければ効果はない。けれども、今の自分にはそんな力は残されていなかった。 (せめて、最後に……)  この亡骸の主だけでも、ふたたび、その生を謳歌してほしい。  ぼんやりと骨を見つめながら、青年はそんな思いを込めて、やがて、瞼を閉じた。
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