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ヴィエタ山
ノートレス村の近くにはヴィエタ山と呼ばれる緑豊かな山がありました。ヴィエタ山には緑の怪物が住んでおり、入り込んだ人間を食べてしまうという言い伝えがありました。
そのため、ノートレス村に住む人間はヴィエタ山によほどの事が無い限りは近づきませんでした。
ヴィエタ山の恐ろしさはノートレス村に住む子供でも分かっていました。ヴィエタ山に子供が勝手に入っていけないと決まりがあったからです。
シトラスもヴィエタ山のことを父親から教わっていました。しかし、目の前にいるシトラスの友人のモモカはヴィエタ山に入りたいと言います。
「シトラスちゃんお願い! 一緒にヴィエタ山を登って欲しいの」
モモカは必死にシトラスにお願いしてきます。モモカはシトラスが小さい頃からの付き合いで仲が良いです。
「どうして?」
「お母さんの体を治す薬草がヴィエタ山でしか生えてないの、村でも売ってるけどお金が無くて……」
モモカは悲しそうな声で言いました。
モモカのお母さんは病気にかかり薬草を飲まないといけないのです。
ヴィエタ山は近寄りがたい場所ですが、体の治療に役立つ薬草もあるのです。そのため緑の怪物避けになるガルディストの守りを身につけヴィエタ山に入る村人がいるのです。
しかしガルディストの守りは入山の許可がなければ貰うことができない上に、入山の許可は大人でないと下りないのです。
「私のお父さんに頼んであげるよ」
シトラスは提案しました。しかしモモカは首を横に振りました。
「それはダメ、おじさんに迷惑をかけたくないよ」
モモカは言いました。
「でも、ヴィエタ山は危ないんだよ、緑の怪物が沢山いるんだよ」
「その点は大丈夫だよ、緑の怪物に見つからない秘密の抜け道があるから」
「何? それ」
シトラスは首を傾げました。そんな事は初めて聞いたからです。
「最近私の友達が見つけたの、一緒についていった時は緑の怪物の姿は見たけど、確かに見つからなかったよ、山の中には綺麗な花や川もあったよ、シトラスちゃんにも見せたいくらい」
「大人に知られたら怒られるよ」
「だから内緒で行くの、見つからなかったし、安全なのは約束するから、ね?」
モモカは言いました。モモカは一人で行動することが苦手で常に誰かと一緒にいないと不安になるのです。
シトラスもその事は知っていました。
「分かったよ、一緒に行くわ」
「本当? 有難う!」
「その代わり、少しでも危ないと思ったら引き返すからね」
喜ぶモモカとは正反対に、シトラスははっきり言いました。モモカのお母さんを助けるのは大切ですが、友達の安全は守りたいからです。
「ここだよ」
ヴィエタ山の入り口から離れた茂みにモモカは指を差しました。
「この中を進むのね」
「そうだよ、身を屈めて入ろう」
モモカは体を屈めて茂みに入っていきました。シトラスはヴィエタ山に入るのが初めてなので緊張して体が動きませんでした。
「シトラスちゃん、どうしたの? 早く行こうよ」
「う……うん、分かった」
シトラスはモモカに促される形で、ゆっくりとした足取りで茂みの中に潜り込みました。
山の中は大小のまばらな木が立ち、日の光が差し込んでいませんでした。しかし空気は澄んでいて美味しく感じられました。シトラスはモモカについて行きました。
途中で遠くから巨大な影が動いたのに気づきシトラスは驚きました。
「あれが緑の怪物?」
シトラスはモモカに聞きました。
「そうだよ、大丈夫、こっちには気づいていないから」
モモカは小さな声で言いました。
シトラスは緑の怪物を見て、見つかりたくないと感じました。遠くから見ても緑の怪物は大きく、万が一気づかれたことを考えると背筋がぞくりとしました。緑の怪物は人間を見つけると襲って来るからです。
シトラスは頭を振り、モモカと共に再び山の中を歩み始めました。途中でモモカが言っていた綺麗な花が咲いて、川が流れる場所に辿り着き、シトラスは緑の怪物のことを心の片隅に置き感動しました。
ヴィエタ山は怖いだけでなく、良いところもあるのだとシトラスは思いました。
あまりに綺麗な花に感動したので、シトラスは花を摘みました。帰って花瓶に飾るためです。川の水も飲みましたが美味しかったです。
モモカはシトラスの幸せそうな顔を見て、つられるように明るい顔になりました。
緑の怪物を避けつつ、二人は薬草の生えている草原にたどり着きました。
「何とかここまで来たね」
シトラスは言いました。
「薬草を採るから待っててね」
モモカは薬草に駆け寄り、薬草を数本抜き、持参したリュックの中に入れました。シトラスの花も入っています。
リュックに薬草を詰め終え、モモカはシトラスの顔を見ました。
「終わったよ」
「良かった。じゃあ帰ろうか」
「うん!」
モモカは嬉しそうに言いました。これでお母さんの病気が治せると思うと嬉しいからです。
その時でした。
複数の足音がこちらに近づいて来ているのが分かりました。
「もしかして、緑の怪物かな」
「しっ!」
モモカの問いかけに、シトラスは小声で返しました。
が、モモカの言葉が当たっていることが、木の間から巨大な怪物が複数現れたことで、シトラスは理解しました。
怪物を身近で見たのは初めてですが、木と同じ大きさです。シトラスは怖いと感じました。
更に運が悪いことに二人の背後からも足音がしました。
シトラスは叫びたいのを我慢し、隣で体を震わせているモモカに言いました。
「走るよ」
「う……うん」
モモカは顔を青くしていました。怪物が怖いのです。
シトラスはモモカの手を引き、素早く走り出しました。怪物の真横を突っ切り、木の間を抜けました。
怪物は巨大な反面動きが遅いようです。
しかし怪物達は二人の後を追ってきました。同じような土の道や樹木が見える中、二人は必死に走りました。立ち止まったら二人とも食べられてしまうからです。
「私が来た時は怪物にも会わなかったの、本当だよ」
モモカは走りながらシトラスに言いました。シトラスは知っていました。モモカが嘘をつく子ではないと。
怪物に会わなかったのは本当だと。
しかしシトラスはそれは単に運が良かっただけだと気づきました。
「今はそんな事より、逃げよう」
シトラスはモモカを責めることはしませんでした。モモカにあれこれ言っても怪物達が去るわけでは無いのです。
どれ位走った時でしょう。数人の人影が見えました。
「あれは……」
シトラスは人影をしっかり見ました。ノートレス村の大人達です。薬草採りに行く途中なのでしょう。
「モモカちゃん、村の人だよ」
「本当?」
「間違いないよ、助けてもらおう」
シトラスは言いました。叱られるのを覚悟の上で、大人達の元に駆け寄りました。
「すみません、怪物達が追いかけてきて……」
大人達は二人を見るなり驚いた顔をしていましたが、シトラスの言葉を聞くなり一人のおじさんは言いました。
「分かった。二人とも、おじさんの手をしっかり握るんだ」
「あ、はい」
二人はおじさんの言うことに従いました。シトラスはおじさんの右手を、モモカは左手と言った具合です。
怪物達はこちらに来ました。怖くてシトラスは声を出しそうになりました。しかし怪物達は二人や大人達のいることなど知らずに、下の方に行ってしまいました。
足音が遠ざかり、シトラスはほっとしました。同時に理解しました。自分達の気配を消してくれたのは、おじさんが持つガルディストの守りのお陰だと。
その後、二人は決まりを破って勝手にヴィエタ山に入ったことで大人にこっぴどく叱られました。
決まりを無視したのだから仕方ないとシトラスは思いました。
一方、モモカはと言いますと、ヴィエタ山から持ち帰った薬草のお陰で、モモカのお母さんは病気はすっかり治りました。モモカがヴィエタ山に勝手に入って薬草を採ってきたことは、当然モモカのお母さんの耳にも入り、モモカを叱ると同時にモモカの身を案じました。
モモカはお母さんに心配をかけたことを反省しました。
二人が入るときに使った抜け道は大人達が封鎖しました。
二人がヴィエタ山に入ってから八日が経ちました。
「この間はごめんね、危ないことに巻き込んだりして」
モモカはシトラスに謝りました。シトラスは一週間の外出禁止令が出され、モモカにようやく会うことが許されました。
「その事は気にしてないから、お父さんから聞いたよ、おばさん治ったんだよね」
「うん、家事もできる位になったよ」
モモカは明るい笑顔を見せました。
それ以降、シトラスとモモカは決まりを守ってヴィエタ山に行くことはありませんでした。
いくら綺麗な場所があっても、怖い緑の怪物がうろついているからです。
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