37.繋がっていくもの

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   中に入るとすでに紅茶とコーヒーの匂いがする。奥からぱたぱたとスリッパの音。小さな声を聞いた。 「あっ」  花は廊下に走った。壁に手を突いている母を抱きかかえる。 「走っちゃダメだってば。前にも言ったでしょ」 「ごめんね。普段走らないから走り慣れていなくて。途中でどっちの足を出すのか分からなくなるのよ」 「相変わらずだね、母さんは」  ウバを飲みながら家の中を見回した。一際大きな額に白いタキシードの自分と真理恵のウェディングドレスの姿があった。 「父さん。今は分かるよ、父さんの絵が心を打つっていうのが。生きているみたいだ。ううん、生きてるんだね、あの時の俺が」 「そうだよ。いつだって私の中で君は動き回っている。止らないよ、君は」 「母さんのピアノ、聴きたい」 「え?」 「新しく買ったんだね。聴かせてよ」  ピアノの前に座った母は別人になった。呼吸を整えている。そこに何かがあるかのように空間を見つめていた。うっとりと目を閉じて何かの中に自分を解き放っていくようだ。指が滑り出した。 (ボロディンの「イーゴリ公」……俺の一番好きな曲だ)  世界的に有名な宗田夢が、今息子のためだけに弾いている『韃靼人の踊り』。あの頃が浮かんだ。部屋に籠っていた頃。力無くベッドに横たわっていた頃。   
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