第10章 代償

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第10章 代償

 「山村さーん、山村さん」私は肩をゆすられて病院で目を覚ました。  「失礼ですが山村花音さん、でよろしいですか? 置いてあったバッグから免許証を拝見しました。事は急ぎます。わたくし国家機密厚生局の岩村と申します。簡単に経緯をお伝えください。警察は二の次です」  私は何が何だかわからないが人間関係を伝えた。 「あなたの彼氏さん、藤田春人さん、は残念なことに車に引かれて脳死状態なんです。一方、お義父さんの康彦さんは内臓をやられていまして心肺蘇生状態です。落ち着いてこれからのお話を聞いてください」 「はあ」  「只今から至急国家プロジェクトの試験者になっていただきたい。春人さん、康彦さんは血液型も一緒なんです。そして偶然2人とも国立原田病院に緊急搬送され一刻を争う状態です。ズバリ申しますと2人の合体を被験者として体験していただきたい」  「はあ」  「要は、脳はまだ救える康彦さんを、体はまだ心臓の動いている春人さんのものを使って人工縫合手術を行うわけです。これは倫理上の問題もありますから国家機密の要請です。受けていただけないでしょうか?」岩村さんは早口で私に迫ってくる。  「はあ。どちらか助かるならそれで・・・」  私は何も考える余裕もなく岩村さんの言うとおりに同意した。  手術は10時間にも及ぶ大手術だった。         *  ベッドにはまだ意識のない春人の体が横たわっている。  私は三日三晩泣きながら過ごした。 (ピクリ)  手が動いた。すぐにナースコールで呼ぶ。看護師が飛んでくる。  「藤田さーん、聞こえますかーーー」看護師の声にまぶたが動く。  ゆっくりと瞼が開かれていく。  そして口元も。  「こ、こ、ここは?」春人の声だ。  「聞こえる? あたし、かのんよ!」私は号泣した。  「やあ花音ちゃん、俺は生きているのか?」目の前の春人はそういって口角を上げた。  「藤田さーん、お名前を言ってください」看護師の声。  「藤田康彦です」私は耳を疑った。  「春人?春人じゃないの?」私は詰めよった。  「康彦だよ、花音ちゃん」   体は春人、中身は康彦、どうやら本当に手術が成功したみたいだった。  「ごめんなさい、ごめんなさい。あたしのせいでこんなことになって」  「いいんだよ、僕こそ悪かった。今でも君を愛している」  「あたし、あたし、春人の顔でそんなこと言われると。あたし・・・」私は二の句が継げない。  「どうかしたのかな、今なんて言った?」春人の声。  「あなたはもう康彦さんではないの」わたしはそういって鏡を渡す。  「こ、これは・・・春人」  「あたし、あたし・・・」私はどうしても言葉が出てこなかった。                              さてあなたならどっちを愛する?                             了
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