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「ジョンさん、お疲れ様です! どうでしたか?」
運良く丁度良い台車を見つけた私は廃工場を後にし、グレムリン達を乗せた台車を少し離れた通りに停めているパトカーまで引っ張って行くと、律儀にも車外で待機していた相棒ミシェルが手を振って迎えてくれた。
その容姿、仕草は相変わらず少女の如し。
ちなみに私はまだ心の底で彼女の年齢を疑っている。
「ああ、ミシェル……なんとかなったよ」
「なんか顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」
「ちょっとね……この台車、後ろに備え付けるの手伝ってくれるか?」
「わかりました。でもこれ、いったい何を乗せてるんですか?」
「グレムリンという魔物だ。そういえば、微かには見えるんだよな?」
「ええ、ほとんど黒い靄みたいな感じですけど……結構な数いますよね、これ」
常人と比較するとかなりの魔力を持つミシェルだが、決して感知能力に長けているわけではない。その為、魔力濃度が高い魔物や悪魔等はその姿が靄の様に霞んで見えるらしい。
しかしそれは彼女自身の知識に依存するらしく、よく知るものであればある程度は見える様になるという。
今回は彼女にグレムリンの事を伝える時間が無かったので、やはり彼女にはほとんど見えていない様だ。
余談だが、アネットの存在は伝えたものの姿は靄すら見えないらしい。
「全部で十七匹、中型の凶暴な猿みたいな感じだ。殆ど死んでるが生きてるやつもいるから、なるべく近付かないようにしてくれ。咬みつかれるかもしれないしな」
「まるで猛獣みたいですね……分かりました」
生きているグレムリンに注意しつつ、少々緊張気味のミシェルと共にパトカーの後ろに台車を備え付ける。
その最中、無線のコール音が耳に届いた。音の発生源は車内、タイミング的に主任からの定時連絡だろう。
ハンドサインでミシェルに指示して無線に出てもらうと、経過報告などを主任とやり取りをするミシェルの声が数度聞こえたのち、程なくして彼女は私の名を呼んだ。
「ジョンさん! 主任からお話があるそうです」
「わかった。こちらも終わったから、出発の準備を頼む」
「了解です!」
ちょうど台車の固定も終わったので、助手席側の扉を開けてミシェルから無線機を受け取り、主任サイモンとの楽しい楽しい会話を始める。
「お疲れ様です、主任」
『よぉジョン、お疲れさん。その様子だとミシェルの報告通り、廃工場の件は解決したみたいだな』
「ええ。場内に巣くっていたグレムリンは殲滅・無力化して、一部の生き残りをこれからエクスシア本部に運ぶ予定です。事件名は『Trick of the Gremlins鉄食鬼の悪戯』でいいですかね? 報告書はその後に――」
『いや、報告書は明日以降でいい。今日はそのままエクスシアで仕事してくれ』
「……マルコムさんから何か頼まれたんですか?」
『エクスシア本部からの正式な要請でな。お前さんとミシェル、両名を派遣してほしいと頼まれた』
「それ、断れませんか?」
エクスシア本部長マルコム・バレンタインからの派遣要請、厄介事が待ち構えているのはまず間違いないだろう。
出来れば関わりたくないのはいつもの事だが、エージェントである私にはほぼ拒否権が無い。どちらにしても私は行かねばならないのだが、それはまぁ構わない。
しかし、ミシェルも一緒となれば話は別だ。
彼女は常人より少し魔力が多いだけの普通の人間で、私の様に悪魔や魔物が見えるわけではなく、それらに対処する為の知識があるわけでもない。
先の事件で彼女が拉致された件もあり、個人的には出来れば現場には出ずオペレーター業務をやってほしいと思っているぐらいだ。
エクスシア本部に赴いてマルコムと接触しようものなら、いよいよこちら側から逃れることは出来なくなるだろう。
『残念だが要請は受理した。それに、いつまでもミシェルが現場で使えないんじゃ仕事がやりにくいだろ。お前さんも、本人もな』
「言いたいことは分かりますけど……」
『それに、今回はこちらとしても都合がいい』
「というと?」
『ほら、うちFBIが観測しきれない超常犯罪ってのがあるだろ。大抵はお前さん以外のエージェント達が対処してくれているらしいが、この街で起きた超常犯罪なら事後報告でも何でも記録を取る規則でな、何か事件が無かったか本部長に聞いてきてくれ。ちなみにこれ、定期業務な』
「それ、配属されて数ヶ月経ちますが初耳なんですけど……」
『初めて言ったからな』
相変わらずの主任のいい加減具合に溜息を吐きつつ、しかしその業務が必要不可欠であることは理解した。
悪魔溢れるこの街で起きる超常犯罪の全てを連邦捜査局が把握できるわけはなく、隠れた犠牲者は無数に存在すると言ってもいい。
それに対処するのがエクスシアのエージェントであるわけだが、連邦捜査局としてもこの街で起きた超常犯罪を分析し、以降の捜査に役立てることは重要だ。
しかしそう考えると、そういった類の話をマルコムから全く聞かないのは、そもそも向こうは向こうでこちらの業務を理解していないのではなかろうか。
「取り敢えず、何をしてほしいかは理解しました。ちなみに、この業務ってどれぐらいのスパンでやってますか?」
『半年に一回だが』
「今すぐ業務規則の変更書類を作成して統括課に申請してください。半年に一回とかあり得ませんから。隔週、最低でも月一にしてください。さもなくばこれからは主任も現場に出てもらってエクスシア本部にも同行してもらいますからいいですね分かりましたか?」
『わ、分かった、分かったからそう怒るなって……』
「はぁ……それじゃ、俺達はエクスシアに向かいますから、諸々よろしくお願いします」
『了解した。マルコムにはこちらから連絡しておく』
「わかりました」
そこで主任との通信は終了した。
かなり捲し立ててしまったが、しっかり注意しておかないと主任は後回しにしそうだと直感した故だ。
しかし超常課に人員が殆ど居なかったとはいえ、業務がここまで杜撰だったとは思わなかった。課に戻ったら他の規則も見直した方がいいかもしれない。
マルコムからの派遣要請と、超常課の規則見直し業務という厄介事のダブルパンチでとてつもなく頭が痛いが、弱音は吐いていられない。
指先でこめかみを揉んでいると、運転席のミシェルが怪訝そうな顔でこちらを覗き込んできた。
「ジョンさん、大丈夫ですか? 主任はいったいなんと?」
「あぁ……次の仕事について少し、ね。このままエクスシア本部に向かってくれ。ルートはナビに入れてあるから」
「分かりました……あ、ジョンさんお腹空いてませんか? さっきスモーガスバーグでタコス買って来たんです! 良かったらどうぞ!」
そう言ってミシェルはダッシュボードの中から中型のバスケットを取り出し、満面の笑みで私に差し出す。
瞬間、後部座席で目を光らせるアネットの姿がバックミラー越しに見えた。
時刻はちょうど昼食時、先程アネットも要求していたのでありがたいのは事実だが、そもそもこの娘こは待機中にいったい何をやっていたのかを小一時間程説教するべきだろうか。
いや、きっと手持ち無沙汰な待機時間で自分が出来ることを考えた結果なのだろう。
それにミシェルが配属されてから数週間が経っているので、彼女の人柄はだいぶ理解している。
時々抜けているところがあるものの仕事に対しては何事にも真摯に取り組む姿勢と、常に周りを気遣う心優しさを持っており、そして性格は底抜けに明るい。いつも笑顔だ。
そんな彼女の気遣いを突っぱねても何も良いことが無い。
「ありがとう。いただくよ」
「はい! 一応、ジョンさんには二つ買っておきました。一つだと足りないかと思いまして」
受け取ったバスケットを開けてみると、確かに中にはタコスが三つ入っていた。
一つは彼女自身の分、もう二つは私の分だろう。しかし私は食が細い。
「ミシェル、俺はそんなに――」
「?」
「……いや、助かったよ。今日はとびきり腹が減っていたんだ」
「本当ですか? あぁ、良かったぁ」
ミシェルは胸をなでおろす仕草をして、再び明るい笑みを浮かべた。
遠慮しようとしてやめた理由は、今日は私の隣人がこれを求めていることを思い出したからだ。というか、先程から「早くよこせ早くよこせ」と呪詛の様な呟きが背後から聞こえており正直鬱陶しい。
決して意図したことではなかったのだろうが、ミシェルの気遣いには感謝するばかりだ。
今回に関しては現場に居てくれて本当に良かったと思う。
「それじゃあ、運転はよろしく」
「はい! お任せ下さい!」
私はハンドルを力強く握ったミシェルを見て少々不安に思いつつも、運転は任せて早速貰ったタコスを助手席で頬張ることにした。
すると先程買ったばかりなのかタコスはまだ温かく、一齧りするとチリソースの辛味と酸味が引き立つ牛挽肉と、新鮮なレタスやトマトにキュウリ、それらをトルティーヤで包んだものをチーズソースで調律した、濃厚でパンチの効いた味わいが口の中いっぱいに広がった。舌の上を滑る旨味と辛味と酸味の奔流に思わずにやけてしまいそうだ。
ふとバックミラー越しに背後のアネットを見れば、いつの間にかバスケットからタコスをひったくって私と同じように堪能していた。
少し呆れたが、アネットと私の食の価値観が一緒であることに今更ながら嬉しく思い、そして子供の様に満足気な笑みを浮かべる彼女に安心した自分がいたことに気付く。
案外、この状況は自分にとって楽しいものなのかもしれない――そんなお気楽思考に浸りながら私はこれから行く先に厄介事が待ち受けている事実をすっかり忘れて、引き続きタコスを頬張った。
とても心地よい昼下がりだ。
――余談だが、エクスシア本部へ向かう道中、思いのほかミシェルの運転が荒かった所為で私のワイシャツの胸元にトマトとチーズソースがべっとりと付着してしまい、これについてミシェルにこれでもかと謝られたが、笑って許した。
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