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それぞれの席に座る事を促されたので素直に従うと、すぐさま私、ミシェルの順で左側から黒ドレスの女性が歩み寄り、洗練された素早い動作でティーカップとシュガーブロックの壺を私達の前に置いた。
香りからして琥珀色の液体はカモミールティーの様だ。
「ありが――」
礼を述べようと黒ドレスの女性に目をやるが、既に女性は近くにおらず、辺りを見渡すと女性は既に役目を終えたと言わんばかりに最も近い扉を開け、その中に入って行ってしまった。
機械的過ぎて愛想どころか、人間味という言葉がかけらも見つからない。
いや、本当に人間ではないのではなかろうか――そんな思考を抱いた時、ふとマルコムの方を見やると彼もまたこちらを見ており、そして私の思考を見透かしたかの如く口許を綻ばせた。
いつもながら思考を完全に読まれている様で、物凄い不快感だ。
「マルコムさん、あの顔が全く同じ女性達は?」
「あれは魔動人形(マギ・オートマタ)さ。主に蔵書の管理等の雑事をさせている。今朝まで調整をしていてね、さっき起動させたばかりだ」
「マギ……?」
「早い話が魔力で動く機械の人形だよ。内部に小型の魔力炉があり、空気中の魔素(マナ)を吸収して燃料とすることでほぼ無休で動くことが出来る。型はあれしかないので、それを量産した」
「なるほど、動く人形ですか。だから同じ顔だったんですね」
「え!? あの人達、お人形さんなんですか!?」
啜ったカモミールティーを噴き出しそうになりながら、ミシェルが驚愕の声を上げた。
確かにこういう事に慣れていない人間にとっては相当驚きだろうし、言ってみれば彼女達――性別は無いのかもしれないが――はSF映画でいうところの人型ロボットだ。ロボティクス・インダストリーに提供すれば目が飛び出す様な技術力を認められる存在だろう。
しかし機械的という印象はあったものの、あの白磁器の様に白い顔やホワイトブロンドの髪、放つ言葉や口の動きも全て人間の様に見えたので、作り物というのには正直驚きだ。
魔術関連とはいえかなりの技術力を有した人間による制作に違いない。もしくはマルコムの自作だろうか。
いずれにしろ、私はこういう驚きには殆ど慣れてしまったので感心したという感情の方が強い。
対してミシェルには良いジャブになっただろう。
「ま、こういった事があるのが『こっち側』ということだよ」
「なんというか、凄いですね……」
「なるほどなるほど。こういった事もレヴィンズ捜査官には新鮮で驚きということか。興味深い」
「あ、ミシェルでいいですよ、マルコムさん」
「承知したよ、ミシェル。しかしそうなるとジョン、やはり君が知りたいことを選定するべきだな。私では今の君達の価値観に合わせられない様だからね」
「そうは言われても……」
確かにマルコムの価値観は人外と遜色ない。
ある程度は私達に合わせてくれるが、基本的に彼はかなり特殊だ。私が質問して、それに答えてもらうというのが無難だろう。
とはいえ、知りたいことは色々とあるもののその取っ掛かりを何にするかが問題だ。
私達は知識不足故に、「最低限どんな知識が足りていないのか分からない」という事態に陥っている。
先程のミシェルの様に動く人形程度で驚いてしまうのでは、いきなり悪魔の対処の仕方を学んでも活かすことが出来ないだろう。
例の如く蔵書を漁りに行ったアネットに訊ねてみてもいいが、ミシェルが居る場所で彼女が返事をしてくれることは殆どない――理由はよく分からないが――ので、今日は期待出来ない。
無い知恵絞って自分で探すしかない。
直感的に思い浮かばないので、思考を「知りたい知識」ではなく「知りたいこと」に切り替えると、そこで私はもう一つの仕事を思い出した。
「そういえば、超常課の定期業務で『未確認超常犯罪の記録業務』があるんですが、主任から聞いていますか?」
「あぁ、先程彼から連絡があったよ。あの業務、月一にするらしいね。正直言われるまですっかり忘れていたよ、ははは」
「まぁ、そんな事だろうとは思ってましたよ……それで今年の一月から今月までに発生した超常犯罪で我々超常課が把握していないものを記録したいので、いくつか話してもらってもいいですか?」
「ふむ、承知した。であれば君達の知識を深められる様な話が良いだろうな。そしてお茶会がてら話せるもので良いなら二つほどある。それ以外は後ほど魔動人形達に纏めさせるので、後ほど資料にして渡そう」
「ありがとうございます。ちなみに、超常課(うち)に伝えていない事件ってどれぐらいあるんですか?」
「そうだな……ざっと百件といったところかな」
「月に二〇件のペース!?」
「詳細が確認出来ていないものを含めると、その倍以上はあるがね。詳しくは資料を参照してくれたまえ」
予想以上の事件数に思わず卒倒しそうになった。私の胃が犠牲になりそうだが、これは業務スパンを縮めて正解の様だ。
この二ヶ月間、超常課に回って来る事件の数はほぼ私一人で対処出来る程度のものだったので、その頻度は決して高くないと思っていたのだが、とんだ思い違いだった。
やはり『能天使の代行者』を名乗るだけあり、エクスシアは超常課以上にこの街を守る組織であることを再認識した。寧ろ彼等が居なければ今頃この街は滅んでいることだろう。
ただ気になるのは、それらの対処を誰がどの様に行ったかだ。
そして、それらの話はこれから彼が話してくれるのだろう。
「さて、それではまず一つめを話そうか。ジョン、先月君が対処した『魔女狩り』事件は覚えているだろう?」
「当然です。忘れるはずがありません」
「これから話す事件は、その前日に解決した事件だ。対処したのはヴァージニア・H・キャッターモール」
「ジニーが対処した事件……そういえば、あの日ここに報告に来てましたね。まさかあの前日の事だったとは」
「あのっ」
ふと、隣のミシェルが小さく手を上げた。何か気になることがあったらしい。
「どうぞ」
「その、ヴァージニアさんというのは、どの様な方なんですか?すみません、あまりここの事を知らないので……」
「あぁ、そうか。ごめん、俺が事前に話すのを忘れていた。ここのエージェントは――」
「いや、私から話そう。このエクスシアにはLAで発生する悪魔や魔物、魔人を狩るべく、数人のエージェントが所属している。ジョンやヴァージニアがその構成員だ。基本は私の指令に従って行動しているが、ジョンの様に連邦捜査局との職務を両立している者や、こちらの業務に専念してくれている者、個人の目的の為に動く者など様々だ。その中でもヴァージニアは魔術や魔法の扱いに長けた美しい女性で、比較的よく働いてくれている」
エクスシアのエージェント達は私を含めて皆個性的で、むしろ普通の人間は一人もいない。その中でもジニーは良心的且つまともな方なのだろう。
尤も、私はまだジニーとアダム以外のエージェントに会った事がないのでなんとも言えないが、きっと他のエージェント達も一癖も二癖もある人達ばかりなのだろう。
それでもマルコムより異常という事は無いはずだ。そう信じたい。
「彼女が解決した事件についてだが、これを話す前に一つ質問をしたい。ジョン、悪魔が取り憑くものには大きく三種類ある。何か分かるかね?」
「人と、動物と、あとは……物、ですか?」
「正解だ。人に取り憑けば魔人(デモニック)、動物に取り憑けば魔獣(ビースト)、そして物――正確には道具に取り憑けば魔具(マギカギア)となる。それぞれの特徴を話すと長くなるので、それはまた別の機会としよう。そして今から話す事件は、悪魔には取り憑かれたもののこのいずれにも該当しない存在が現れたレアケースだった」
「なんか、いきなりレベル高くありません?」
「そうでもない。確かに特殊ではあったが、そう複雑な話でもなかったよ。それに事件の名称が分かりやすいので、そこから結末を想像出来てしまうぐらい単純だ」
「へぇ」
生返事をしてしまったが、確かマルコムのネーミングセンスは一見すると全く意味が分からない程に絶滅的だったはずだ。
『鷹爪の悪魔(レッドペッパーズ)』が良い例だろう。もちろんネーミングとしては悪い例だ。
「ちなみに名前を付けたのは?」
「ヴァージニアだ。正確には彼女が繰り返し言っていた言葉をそのまま私が名称にした」
「あぁ、なるほど……で、その事件の名前は?」
とりあえず一安心した。
ジニーが親切心に溢れた女性であることは既に知っているので、彼女の言葉から取ったというのなら私でもなんとか意味が理解出来そうだ。
話の続きを促すと、マルコムは琥珀色の液体を一口啜って口内を潤し、そしてこれから語る事件の名を漸く口にした。
「『Vanish Hotel(蒸発ホテル)』――それが事件の名称だ」
さっぱり意味が分からなかった。
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