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「で、この傘はいったいどうしたんで?」
傘を広げ、骨組みを新しくする為の竹を掴みながら突然に話かける惣伊之助。
「……さあ、先日家を整理してたら出てきたのよ」
「なんでぃ、大掃除かい?こりゃ随分気のまた早い大掃除だ」
女は口数少なく相槌も打たない。惣伊之助はそれでも笑顔でいそいそと糸で骨を紡ぎ始める。
「まあ、自分の物じゃあねえって事は確かでさぁ。何せ梅坂さんにはその赤が似合う」
「っ、」
赤が似合う。その発言が流れた時に女の体と眉がぴくりと反応した。瞳がやや少々先程よりも開かれている。
「って事ぁ、誰かからの貰い物かい?」
「違うわよ」
間髪入れず女が返答する。
「おや、覚えてるんじゃないっすか」
からからと惣伊之助が笑う。そんな彼を、口をへの次に曲げじとりと睨めける女。
「口よりさっさと手を動かしてくれるかしら」
「へい、勿論動かしてやすが」
言葉通り、彼の手は一切休むところを見せない。動かし動かすばかりだ。骨組みもやがて綺麗な形を成していく。
「いやぁ、人様の話って気になる性分でしてね。ましてや商売柄、この傘はどんな人が持っていたのかとか気になっちまうんですよ」
「……そう」
「この傘はどんな物語を紡いできたのか、あの傘はどんな物語を見てきたのか、とかねえ」
「傘に物語なんてあるのかしら。ただ、雨を遮る為の無機物に」
「あるぜ!」
一切濁りのない真っ直ぐとした声が彼から放たれる。
「傘はすごいんでさぁ。この色彩と模様のように様々な人々の日常を彩っていく」
そう言う彼の瞳は子供のようにきらきらと輝いて見えた。それを見た彼女は些か、その純粋さに驚く。
「俺、親父が元々此処をやっててそれを継いで。だがただ継いだだけじゃない、傘の素晴らしさに惹かれて自ら跡継ぎを名乗りでたんだ」
女はただ黙って聞いている。否、聞いているのかはわからない。何せ入り口の外をただ無表情で眺めているだけだから。
「来るお客、来るお客を親父の隣でずっと見ていたんでさ。本当に様々なお客ばかりで」
通り雨に困り欲する者。無くしたと言って欲する者。贈り物にしたいと欲する者。
「そして雨の日に来たお客はみんな、笑顔で帰って行くんだ。親父の作った傘を差し、雨が凌げた事に喜ぶんだ。雨って普通、憂鬱になるもんだろ?それがこの傘一つで笑顔に変わるんだ、こんな素敵な代物他にはねえぜ」
自分の好きな色を手に取れば忽ち、暗い世界が己の欲する色に変わる。視界が変わる。世界が変わる。それだけで気分が上がる。
「こんなの、雨って最高に思えてきやせん?」
屈託の無い笑顔の彼。雨が最高に思えるのは傘があるから。なら、その傘を己の手で生み出したい。人々の顔を笑顔に変える物を作り出せたらどんなに僥倖だろうか。
「……」
彼の言葉を聞いても女は無言を貫く。人の話を聞いていたのだろうか。それすら危うい。
かと思ったが、女の小さな唇が僅かに動きを見せる。それを無言でちらりと視界に入れた惣伊之助だが、すぐに己の手元へ戻してしまう。
「……その傘はね、亡くなった主人の物なのよ」
やがて女が徐に、ぽつりと一言を零す。
「おや、ご主人がいらしたんで?そらぁ初耳だ」
「随分前に亡くなったからよ。この町に来たのはその亡くなった後」
「…ほうほう」
沈黙を流さないように相槌を打つ惣伊之助。女は次第に口数を増やしていき、語り始める。
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