2/5
前へ
/5ページ
次へ
「で、この傘はいったいどうしたんで?」 傘を広げ、骨組みを新しくする為の竹を掴みながら突然に話かける惣伊之助。 「……さあ、先日家を整理してたら出てきたのよ」 「なんでぃ、大掃除かい?こりゃ随分気のまた早い大掃除だ」 女は口数少なく相槌も打たない。惣伊之助はそれでも笑顔でいそいそと糸で骨を紡ぎ始める。 「まあ、自分の物じゃあねえって事は確かでさぁ。何せ梅坂さんにはその赤が似合う」 「っ、」 赤が似合う。その発言が流れた時に女の体と眉がぴくりと反応した。瞳がやや少々先程よりも開かれている。 「って事ぁ、誰かからの貰い物かい?」 「違うわよ」 間髪入れず女が返答する。 「おや、覚えてるんじゃないっすか」 からからと惣伊之助が笑う。そんな彼を、口をへの次に曲げじとりと睨めける女。 「口よりさっさと手を動かしてくれるかしら」 「へい、勿論動かしてやすが」 言葉通り、彼の手は一切休むところを見せない。動かし動かすばかりだ。骨組みもやがて綺麗な形を成していく。 「いやぁ、人様の話って気になる性分でしてね。ましてや商売柄、この傘はどんな人が持っていたのかとか気になっちまうんですよ」 「……そう」 「この傘はどんな物語を紡いできたのか、あの傘はどんな物語を見てきたのか、とかねえ」 「傘に物語なんてあるのかしら。ただ、雨を遮る為の無機物に」 「あるぜ!」 一切濁りのない真っ直ぐとした声が彼から放たれる。 「傘はすごいんでさぁ。この色彩と模様のように様々な人々の日常を彩っていく」 そう言う彼の瞳は子供のようにきらきらと輝いて見えた。それを見た彼女は些か、その純粋さに驚く。 「俺、親父が元々此処をやっててそれを継いで。だがただ継いだだけじゃない、傘の素晴らしさに惹かれて自ら跡継ぎを名乗りでたんだ」 女はただ黙って聞いている。否、聞いているのかはわからない。何せ入り口の外をただ無表情で眺めているだけだから。 「来るお客、来るお客を親父の隣でずっと見ていたんでさ。本当に様々なお客ばかりで」 通り雨に困り欲する者。無くしたと言って欲する者。贈り物にしたいと欲する者。 「そして雨の日に来たお客はみんな、笑顔で帰って行くんだ。親父の作った傘を差し、雨が凌げた事に喜ぶんだ。雨って普通、憂鬱になるもんだろ?それがこの傘一つで笑顔に変わるんだ、こんな素敵な代物他にはねえぜ」 自分の好きな色を手に取れば(たちま)ち、暗い世界が己の欲する色に変わる。視界が変わる。世界が変わる。それだけで気分が上がる。 「こんなの、雨って最高に思えてきやせん?」 屈託の無い笑顔の彼。雨が最高に思えるのは傘があるから。なら、その傘を己の手で生み出したい。人々の顔を笑顔に変える物を作り出せたらどんなに僥倖だろうか。 「……」 彼の言葉を聞いても女は無言を貫く。人の話を聞いていたのだろうか。それすら危うい。 かと思ったが、女の小さな唇が僅かに動きを見せる。それを無言でちらりと視界に入れた惣伊之助だが、すぐに己の手元へ戻してしまう。 「……その傘はね、亡くなった主人の物なのよ」 やがて女が徐に、ぽつりと一言を零す。 「おや、ご主人がいらしたんで?そらぁ初耳だ」 「随分前に亡くなったからよ。この町に来たのはその亡くなった後」 「…ほうほう」 沈黙を流さないように相槌を打つ惣伊之助。女は次第に口数を増やしていき、語り始める。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加