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紡
徳川の御座します江戸城下町。
今は走り梅雨がじめじめと感じられる季節だ。
此処には、そんな梅雨の雨も気にならない程の活発な人々によって賑やかな町が、今日も活き活きと存在していた。
様々な声が飛び交うこの町には、所狭しと店が構えられている。食事処、呉服屋、宿屋、甘味処、色とりどりな店舗が並ぶ中でふと端の方を見ると、傘屋があった。
──傘屋。
どこからどう見ても普通の傘屋だ。色彩鮮やかな番傘が綺麗に飾られている。
そんな傘屋を、暖簾から覗く白髪混じりの姥桜な女性が一人。青い傘を片手に、もう片手に赤紫風の番傘を己に差していた。
少々きりっと釣り上がった眉や目尻が綺麗に飾られており、どことなく威厳な気を感じさせる美貌の女性だ。控え目につけられている赤の簪と口紅がよく似合う。
「へいらっしゃい!」
傘屋から、髷がよく似合う少々整った顔立ちの若い男が顔を見せる。女性に気付いたのだろう。
「この傘、直して頂けるかしら」
「おや、梅坂さんじゃねえか」
一本の青い番傘を差し出す女性。それを受け取り、広げる男。何やら男の方は女性の事を知っているようだ。
「勿論、直せるでしょうね」
広げられた傘はほぼ破れていたり、大半の骨組みがでろんと外れていたり折れていたりと中々な壊れかけを見せていた。
「こりゃまた、随分年季の入ったものだなぁ。勿論、この惣伊之助に任せな!」
その傘を畳みながら、にかっと白い歯を見せ笑顔で告げる男。基、惣伊之助。
女性は惣伊之助の了承を聞き、どれくらいで直るせかと問うた。それに対し彼は、雨の上がる頃には完成させてみせると答えた。
「そう、なら待たせてもらうわ」
己の差していた傘を畳んでからぶっきらぼうに暖簾を潜り、ずかずかと店内に入り込む女。それに嫌な顔一つも見せず惣伊之助も続いて踵を返す。
「ちょいと茶ぁ用意してきやすね」
襤褸傘を置き、そう言っていそいそと奥へ消えて行った。女がその背を細めた目で見届け、そのまま屋内を見渡す。
──緑、赤、紫、黄、様々な傘で所狭しだ。
そして作り掛けだろうか、和紙の貼られていない骨組みのみの傘が一つ二つと畳の上に置いてあった。
「……」
販売用の一つの傘を手に取る女。
「へいお待ち!いやぁ、いつまで経っても茶入れるの慣れなくて。へへ、口に合わなかったらすまねぇ。…おっ!その傘気に入ったかい?」
一つの湯呑みを一つの小さな盆に乗せて帰ってきた惣伊之助。そのままそれを畳の上へ置く。
「…別に。手持ち無沙汰だったから見ていただけよ」
「ははっ、違ぇねえ!」
全く気にしていないように笑顔で笑い飛ばした後、置いていた襤褸傘をさっと掴み、よっこらせと呟きながらどかりと座り込む。
それを横目で認めた女も、彼から少々離れた入り口側の端に腰をそっと降ろした。盆の茶を手に取り、ゆったりと口をつける。
しかし、やはりこの女。無表情のぶっきらぼうを通り越して少々当たりが強いようだ。
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