邂逅! 異世界への扉!

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邂逅! 異世界への扉!

 下が見えてくる。底には横穴が空いておりそこから水が流れ込んでいるようだった。 「これは洞窟か? 一体どこへ続いているというんだ」  底に降りたあと、水は膝下ほどの高さであった。清海もここを通ったのだろうかと思いながら六郎は横穴を進むことにした。  どこかから聞こえる水脈の音、陰鬱とした濁った空気の中で目を輝かせられるのは六郎が常人ではないからであろうか。  洞窟を進んでいくと、光が漏れている。「まさか外につながる道があったのか?」と六郎は驚いた。足早にたどり着いた先は、緑豊かな森に囲まれる小川であった。 「なんだここは!? こんなオアシス見たことがないぞ!!」  見たことがないほど潤った植物。清らかな鳥達の声。とてもエジプトとは思えない。 「ばかな、空気が湿っている……?」  普段エジプトで感じる乾燥し砂の混じった空気と違い。その場所は湿度が高く感じた。  六郎は先へ進んでみることにした。自分がいる場所がエジプトのどの場所なのかを知る必要があったからだ。 「ピラミッドの外へ出るほど歩いた気はしないが、近くにこんなオアシスもなかったはずでは?」  六郎は疑問に思った。もしやピラミッドにより夢か幻覚でも見せられているのか。   そう考えれば納得のいく話である。砂漠に生い茂る森やスカラベの怪物などありえるわけがないのだ。 「ならばもう少し夢の続きを楽しむとしよう」  川を抜け森を進んでいく。この先になにがあるのか六郎は楽しみであった。 「きゃーーーっ!」 「女の悲鳴!?」  ピラミッドの罠の可能性を感じつつも六郎は声の元へ急いだ。  茂みを抜け、たどり着いた先にいたのは。赤子を守るように抱きながら倒れた女、そして彼女を下半身から徐々に丸呑みにしようとしているコブラであった。 「コブラに噛まれたのか? ならまだ死んでいないはずだ。助けるとするか」  コブラは六郎に気が付くと胸を開き威嚇を開始した。しかし丸呑みをしようとしているためかうまく動かせない。 「悪いが危害を加えるなら容赦はしない」  とっさに六郎はナイフは放ち、コブラを絶命させた。そのまま六郎は急ぎ少女にかけよる。  少女は腰までコブラに呑まれかけており、人魚のようになっているが息はあるようだ。 「おい、生きているか!? あっ、ちょっと刺さってる……」  六郎はナイフを抜いた後、少女をコブラの口から引きずり出して声をかけた。  赤ん坊は「おぎゃあ」と泣き続けるものの、少女に意識は既にないようだ。女の顔を見た瞬間六郎は息を呑んだ。 「ああバステトよ、俺を試しているのか!?」  六郎の目の前にいる少女は水色のローブを着ており白い肌に美しい栗色の髪の毛をしている。そして猫の様な耳が頭の上から生えていた。  その人あらざる姿は六郎にとって猫の姿をした女神バステトを想起させた。 「腕を噛まれているな、毒が回るまでに時間がありそうだ」  六郎は少女の腕から毒を吸い出した。毒性生物から攻撃を受けた場合、まず残っている毒を体内から毒を除去することが重要である。  その後六郎は自分の腕をナイフで切り、少女の傷口にもさらに切り込みをいれた。  そして六郎は自らの腕から流れる血を少女の傷口に垂らし、血を押し込み始めた。  賢明な読者諸君は彼がなにをするつもりなのかお気づきだろう。ご推察のとおり六郎の体にはコブラの毒に対する抗体があるのである。  忍びというものは毒を盛られても死なないように幼い頃より毒を飲み耐性を着ける訓練をしているのだ。それがエジプトであれば猛毒のコブラの毒など対策していないわけがないだろう。  血を垂らした後傷口を縫合する。「後は彼女が目を覚ますのを待つだけだ」と言いたいところだがコブラの毒は毒蛇に多い神経毒である。仮に目を覚ましても後遺症が残らないとは限らない。 「バステトよ、この少女を救いたまえ」  六郎が祈りを捧げ半刻が過ぎた頃、ようやく少女は目を覚ました。 「ここは? あなたはだれ?」  少女は六郎に言った。 「俺の名は六郎、君がコブラに襲われていたので手当てをしていたんだが、気分は悪くないか?」 「そうだ、私コブラに噛まれて……」  少女は噛まれた足に手当てが施されているのを見て目を丸くした。 「これはあなたが? もしかしてお医者さんなの?」 「俺は医者ではない、通りすがりのものだ」六郎はそう答えた後話を続けた。 「君が物の怪でなければ聞きたいんだが、アレクサンドリアの方角はわかるか?」 「アレク? ああ、それなら私の家がそこにあるから一緒に行かない? お礼もさせてもらいたいから」  少女はうれしそうにいった。 「いや方角だけ教えてもらえれば大丈夫だ」  六郎は言った。 「そんなこと言わずに、助けてもらったのに恩を返さないなんてできないし、ね?」少女は笑って続けた。 「それに今夜村で私の家が主催のお祭りがあるの、是非きてもらえない?」  六郎は考えた、主催で祭りを開ける家の一員ということはなかなかの有力者か資産家なのかもしれない。恩を売っておけば今後の忍びとしての活動もやりやすくなる可能性があるという算段が頭をよぎる。 「そうだな、せっかくだしお邪魔するとしよう」  六郎の言葉に少女は微笑んだ。 「自己紹介がまだだったよね、私の名はフィオナ・ムーミン」 「俺は六郎だ、よろしくな」 「おぎゃあ」と赤ん坊が泣く。 「おーよしよし」  フィオナはあやしながらガラガラを小刻みにふった。 「フィオナ、聞きたいことがあるんだが君はバステト神の使いかなにかなのか?」  その言葉にフィオナは疑問の声を上げた。 「え? なにバスケットって」 「いや、違うならいいんだ。気にしないでくれ」  猫のような耳に加え赤ん坊をあやすガラガラを持っているなど、この二つのバステト要素がピラミッドの奥で出会ったというだけでも六郎は頭が痛くなる思いだ。 「それと君の頭についている大きな耳は本物なのか?」 「これは、私にもわからないの。私の村にもこういう耳がついてるのは私しかいないから」片手で耳をいじりながらフィオナは続ける。 「そうなのか」と六郎は返した。  それにしても不思議な夢だ。そういえば異国の女王が幻覚剤を飲み空を飛ぶ夢を見るという話があったが、これもその類だろうか?  それともエジプトに派遣されてからの記憶が全て夢であり、本当の自分は日本にいて畳の上で眠っているのではないか?  六郎の疑問は尽きなかった。自分の経験にない存在を短時間で見すぎたせいか現実を疑うようになっていた。  そんなことを考えながら歩いていると無事に森を抜けた。  その光景は息を飲むものであった、エジプトでは見たことがないほど緑豊かな景色、ありえないほど美しい草原が続く景色は夢としか考えられなかった。 「なんだこれは……」  六郎はつぶやいた。 「ほら、あれが私の村」  フィオナは小さな村を指差し言った。 「なに、あれがアレクサンドリアだと?」 「えっ、エレコソンダル村だよね?」 「か~、まあいいか」  なんたる勘違い、それともこの娘はやはり物の怪で俺を謀っているのかと六郎は思った。 「さぁ、どうぞ」  そういいながらフィオナは村の門を開いて六郎を招きいれた。 「フィオナ、無事だったか!!」  白いひげを蓄えた40代くらいであろう渋い顔の男が駆け寄ってきた。 「父さん、危ないところだったけどこの人が助けてくれたの」  フィオナの言葉に父たる人物は、六郎に深々と頭を下げた。しかし、フィオナの言う通りその頭に猫のような耳はなかった。 「娘の命を救っていただきありがとうございます。なんとお礼を言っていいか……」 「気にしないでくれ、俺は六郎だ。よろしく頼む」 「私はドイル・ムーミンと申します。この村の村長をしているものです」ドイルは続けた。「今夜村で祭りを行うのですが、是非参加していただけませんか?」 「そうだな、ご好意に甘えさせてもらおう」  その夜村は大きな火を焚き、人々は歌い踊り楽しんでいた。見渡してみるがやはりフィオナのような耳を持つ人間はいない。  のんびりと火を眺めていると、聞き覚えのある言葉が聞こえてきた。 「この村の人間達は面白い服装だな」「我々も取り入れてみようか」という声だ。  その声の主は六郎の近くに座っていた。夜の暗さで気づくのに時間がかかったようだ。 「おいお前達、その訛りはもしかしてギリシャ人ではないのか?」  六郎は尋ねた。 「そうだが、その服装はお前エジプト人か? 顔は違うようだが」  ギリシャ人の男達は疑問を着けて返した。 「俺は日本人だ、今はエジプトに住んでいるがな」六郎は強気で続けた。 「ここは俺の夢のはずだぞ、お前達は出て行け」  「なんだと、お前これが夢だと思っているのか?」  ギリシャ人の一人が言った。 「夢に決まっているだろ、ピラミッドにもぐったと思えばよくわからない森に出たり、猫のバステトのような耳が生えた人間までいる。大方俺は酒場で酒を飲みすぎたんだろう」  六郎はそう言いながら酒を飲んだ。 「お前はなにもわかっていないようだな、それにピラミッドと言ったな?」ギリシャ人は確認するように続けた。 「なるほどそのピラミッドがエジプトにおける異世界への扉だったというわけだ」 「異世界だと? どういうことだ?」 「お前も見たんじゃないのか? 現代で考えられない不思議な武器、そして怪物。それらは俺達の世界には存在しないものだ。であれば」 「別の世界のものであるということか? ならばここはアアルの野だとでも言うのか?」 聞きなれない話に六郎は混乱する。 「だからそうじゃない、ここは俺達がいたように普通の人間が住んでいるところだ。だれも見たことがないような技術や魔法まで存在するようだが」 ギリシャ人はそう説明した。 「信じられない話だが、これまでにいろいろ見てきたからな。不思議と納得したよ」六郎は続けた。 「しかしお前達はどこから来たんだ?ピラミッドから来たわけではないだろう」 「俺達はクレタ島のクノッソス宮殿から来たんだ」 「クレタ島? 怪物ミノタウロスを閉じ込めているあの迷宮か?」  六郎は訝しげに疑問を投げかけた。 「その通りだ。二ヶ月前、迷宮を探索中ミノタウロスと出くわしてな、息の根を止めようとやつを追いかけていたらこちらの世界に来ていたというわけさ」  伝承のミノタウロスが本当にいたとは驚きであった。だが歩くミイラがいたことを考えるとこの世には人智を超越した存在がいることは確からしいことを六郎は感じる。 「それでお前達はここでなにをしているんだ? わざわざこの世界に留まる必要性はないだろう?」  六郎は言った。 「この世界には俺達の世界では手に入らない資源があるし、未知の技術もあるらしいからな。それをもって帰れとお偉いさん方から言われているのさ」そういうとギリシャ人は斧を取り出し言った。 「こいつはミノタウロスの斧だ、この斧に使われている素材はギリシャにも他国にも存在しない。この世界のものの可能性が高いだろう」 「おかしな武器なら俺も知っている。エジプトに現われた歩くミイラが持っていた武器がそうだったからな」  六郎は言った。 「そういうことだ。もしかするとその動くミイラとやらもこの世界が関係しているのかもしれないぞ」 「なるほど、可能性は高いな」六郎は最後に礼を言った。 「いろいろすまないな、ありがとう」  六郎の言葉にギリシャ人は「気にするな」と笑顔を向けた。 「俺はポリデュクス、お前は?」  ギリシャ人の一人が言った。 「俺は六郎だ。よろしく頼む」  二人は握手を交わし話を終えた。  そうか、これは夢ではないのかと理解した六郎は俄然探索欲が湧いてきた。ピラミッドへもぐったのは暇つぶしであったが。未知の世界を旅できるという事実は僥倖だった。 「六郎、今日は本当にありがとう。あなたがいなければ私だけじゃなく弟までコブラの餌食なってたかもしれない」  その声と声とともにフィオナが現われた。焚き火に照らされた長い髪が暗闇に光っていた。 「お酒、もっと飲む?」 「ああ頼む」  六郎が突き出した杯に、フィオナは酒を注ぎ足した。 「聞きたいことがあるんだが、君はもしかして狩猟の心得があるんじゃないのか?」 「なんでわかったの? 定期的に森に狩りや採集に出かけてはいるけど」 「その手を見ればわかる、家で裁縫をしているもの手ではないからな。それなりに訓練はしているようだな、弟が一緒でなければコブラ程度あしらえただろう」  六郎は酒を飲み言った。 「私は子供の頃から運動は得意だったから、そういった訓練を受けているの。村を守らないといけないときが来るかもしれないしね」 「違いないな」  フィオナは少し考え込んだようなしぐさを見せると会話を続けた。 「実はさ、私お父さんの本当の子供じゃないんだ」 「やはりそうなのか?」 「この村でこんな大きな耳を持つのは私だけだし」フィオナはうつむきながら続ける。 「昔森で拾われたそうなの、本当の両親もどこにいるかわからないみたいで」 「そうか……」  なんとも気まずい雰囲気だ、出会ったばかりでこういう話は聞きたくないものだが。 「六郎はこの村の次はどこに行く予定なの?」 「わからん、とりあえず人の集まる都市でも目指すか」 「だったら、私も連れて行って! 本当の親を探したいの!」  フィオナは食い気味に詰め寄ってくる。 「うーむ」六郎は考えた。この世界を散策するにしても知識のある人間に同行してもらったほうが何かと都合がいいだろうと。 「そうだな、このあたりについて詳しい人間がいてくれたほうが俺としても助かる」 「よかった、ありがとう!」 「ところで俺より前にこの村に大男が来なかったか? 俺の知り合いなんだが」 「いや、六郎以外ではあそこのギリシア? から来た人達だけね。もしかして六郎も別の世界から来たの?」  フィオナは目を丸くした。 「そのとおりだ。だから道案内もかねて同行を願いたい」 「OK、それじゃあよろしくね!」  フィオナは食い気味に喜ぶ。  その夜、六郎はフィオナに連れられ、村長の家に泊まることになった。
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