アキコ様

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アキコ様

「聞こえないの」 そんな事を急に言われても困る。 「帰りの会の時だけ先生の声が何も聞こえない。」 「それはもしかするとアキコ様の仕業かもしれない。」 隆はみかんの皮を剥きながら言う。 「アキコ様?」 僕と恵梨香ちゃんは声を揃えて隆の顔を見る。 「そう。僕のお父さんが通っていた頃の噂なんだけど。聞きたい?」 隆の言葉に僕らは頷く。 「アキコ様は学校で暮らす幽霊。 好物は梅干しで、親友は花子さん。 普段は僕たちの生活を見守っていて、頑張っている子達を見るとこっそりテストの点数を上げてくれる。 とっても優しい幽霊なんだ。 だけどアキコ様にはたった一つ許せない事がある。」 「許せない事?」 「何だったっかな。それは忘れちゃった。 だけどそれを破った時、アキコ様はその子の体の一部を捥ぎ取るんだって。」 「やだ怖い」 恵梨香ちゃんは両手で頬っぺを抑える。 「あれ、恵梨香ちゃん。」 僕は恵梨香ちゃんの耳たぶをじっくり見つめる。 「ねえ、恵梨香ちゃん。恵梨香ちゃんの耳たぶはどうしてそんなに黒いの?」 「えっ。」 恵梨香ちゃんは手を横にずらして耳タブを摘む。 すると、黒い部分が粉々になってさらさらさらと、床に砕け落ちた。 恵梨香ちゃんの耳たぶが欠けた。 そして、次は上部分が黒色になった。 隆と僕は目を合わせる。 「それ、放っておくと本当に耳がなくなるかもしれないね。」 「嘘。ど、どうしよう隆」 「今日の夜、お父さんにもう一度アキコ様の話を聞いてみるよ。」 「それまでは耳を触らない方がいいと思うな。」 僕は言った。 「あのさ、気になっている事があるんだけど。」 先週の放課後、恵梨香ちゃんは女子トイレで花子さんの悪口を言ったのだとか。 『あーあ、いいなあ、5、6年生は。 うちらのトイレなんて臭いし汚いし最悪だよ。 おまけに花子さんの噂があるのもここだし。 嫌だよねえ、こんな汚らしいところに古臭い女が住んでるなんて。』 「もしかするとそれが怒らせた原因かもね。」 「誰だって親友の悪口に、言い気はしない。」 「だな。とにかく黒い部分は触らない事」 恵梨香ちゃんは何とも言えない表情で僕たちの顔を見ていた。 次の日、隆は風邪を引いたらしく学校に来なかった。 「ねえ、悟」 放課後僕は恵梨香ちゃんに呼ばれた。 「なあに?僕今から掃除当番なんだ」 「今日は昼休みが終わった後から先生の声が聞こえない。」 それは昨日耳が欠けた事に原因があるのかもしれない。 「大丈夫。明日隆が来ればきっと何か分かるさ。」 そして次の日、マスクをつけた隆が教室に入ってきた。 オープンスペースの一角で僕と恵梨香ちゃんはとんでもないものを見せられた。 マスクをとった隆の顔には口が付いていなかった。 その部分はぽっかり黒い穴が空いている。 隆は僕たちに紙を渡す。 『アキコ様の許せない事。それは生き物を殺す事。』 隆はポケットからメモ帳と鉛筆を取り出す。 口がないから話せないのだ。 『僕達が先週壊した人体模型を人間だと勘違いしてしまったのもしれない。アキコ様は片方の目が見えないんだ。」 「私たちがイタズラしたのは耳と口と心臓。私が耳。隆が口。」 『今すぐ直しに行こう。』 僕ら3人は頷く。 「うっ。」 その時、僕は息がつまり身体中が熱くなった。 苦しい。 助けてと言いたいのにどうやって言葉を出せばいいのか分からない。 「悟。今助けるから」 恵梨香ちゃんと隆は理科室で人体模型を元に戻しに行く。 その後2人の体は元通りになった。 恵梨香ちゃんの耳も隆の口も。 だけど僕だけは駄目だった。 「悟が壊したのは心臓。たとえ短い間でも、心臓が無ければ人は生きていけない。ああ、僕が壊したのが口でよかった。肺や膵臓だったら僕だって悟みたいに死ぬとこだった。」 おしまい。
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