インフィニティ本部襲撃

5/39
3194人が本棚に入れています
本棚に追加
/1014ページ
「結構な人数で待ち構えてやがったな」 正門から広場の中央へと前進する中、両手をポケットに入れ、羽織っている黄金のマントをはためかせながら、軍勢を見据えたベンジャミンが口を開く。 「あれが噂のメイスン部隊……そして、あれがノワールか。報告にあった通り、なかなか強そうだねぇ」 次に口を開いたのはアーサー。彼は肩に担いでいる岩に覆われた大剣を下ろすことなく、少し進んだ後で静かに立ち止まる。 すると、示し合わせたかのように、他の三人もその場で立ち止まった。 唯一、依然として歩を進めていくのはレイド一人。 前方からこちらへと歩み寄ってくるノワールを仮面の下から見つめ、彼もまた少しだけ進んだ位置で立ち止まった。 「よぉ、レイド。久しぶりだな」 漆黒の長槍を右の肩に乗せ直し、皮肉を乗せたつぶやきをあげるノワールもレイドの様子を警戒しつつ、立ち止まる。 両者の距離は、およそ三メートルほど。ノワールの後方で待つ四人とは十数メートルの距離があるが、レイドの後方で待つ四人は五メートルに満たない位置に立っている。 「お前も月光修道会の生き残りと仲良くやってるようだな。ナルクマーナでお前を助けた二人の騎士は死んだぜ?」 『そんなことはどうでもいい。てめぇら十秒やるからさっさと逃げ出せよ。ここで無残に殺されたくねぇだろう?』 不敵な笑みを浮かべ、挑発的な口調で発言を投げるノワールに対し、レイドは不機嫌な声でそう言い放つ。 「ハハッ、何を言い出すかと思えば……」 『てめぇらインフィニティは、前に捕まえた騎士から自分達で情報を抜き取ったと思ってんだろ?』 「……ん? それがなんだ?」 『生憎、そりゃこっちの計画通りなんだよ馬鹿が。あの騎士は意図的に情報を流した。てめぇらはそれにまんまと釣り出されてここにいるってわけだ』 「へぇ、そりゃあたいそうな計画だな」 レイドの挑発的な言葉に感情的な反応をみせることなく、ノワールは微笑みながら浅く息を吐く。 「で、俺達を釣り出して仕留めることが目的だったってわけか? なら、相応の戦力を連れて来たんだろうなぁ? お前の後ろの奴らがそうか?」 ノワールはそう言って、わざとらしく目を細めて少しだけ身を乗り出し、レイドの後方に立つ四人へ視線を向ける。 「また”円卓騎士団”とかいう奴らなんだろ? 端にいるマント野郎以外は」 『てめぇらは随分と修道会を舐めてるようだが、前に勝てたのは”超人(おれたち)”のおかげってことをすっかり忘れてるらしいな』 「おいおい、お前が修道会の肩を持つのか? 数日前のトニーといい、インフィニティに喧嘩売っても勝てないからって、十二年前の負け犬共にすがりつくのかよ? みっともねぇ」 (トニー……?) ノワールの口振りに疑問を抱きつつも、レイドはこの場に集中し、そちらへ思考を注ぐような真似はしない。 「この俺を釣り出したんなら、せめてルーベン辺りを引っ張ってくるんだったな。後ろの連中じゃ相手になりそうもねぇ。”BBC”でも連れて来たのかよ?」 再び目の前のレイドに顔を向け直し、鋭い眼光を飛ばすノワール。 『てめぇら相手じゃ、”BBC”が動くまでもねぇってよ。前の騎士を殺してえらくご機嫌なようだが、あんまり余裕こいてると恥をかくだけじゃねぇのか?』 「なんだよ、”BBC”はいねぇのか。向こうから来てくれりゃあ、俺の手間も省けたんだがな」 『てめぇの都合なんざ知るかよ。で? 逃げ出さねぇのか?』 「なんで俺が逃げ出す? こんな夜更けまでお前らが来るのを待ってたんだぜ?」 そう言ってノワールは、肩に乗せていた長槍を握り直すと、蠍の尾を模した刃を取り付けている先端をレイドに向け、周囲一帯を凄まじい殺気に包み込む。 「それでだ、こっちからも提案がある。お前らの目的が俺達の排除なら話は早ぇ」 レイドに槍の先端を向けたまま、再び後方の四人を順番に見渡すノワール。 「そっちの戦力はお前を入れて五人。こっちの主戦力も俺を入れて五人。別に俺は、このまま乱戦ふっかけてもいいが、それはいくらなんでも数の暴力が過ぎると思ってな」 現在、インフィニティ本部を守る為に集められた戦力は、広場からは見えていない者達を含めると1200人を超える。 このまま激突すれば、1200対5という人数差で戦いが始まることになる。 ノワールにとって、それは戦闘を楽しむという自分の欲を果たす結果にはならない。 「そこでだ、俺達両方で一人ずつ代表者を選んでタイマンしようぜ? 一対一の邪魔が入らねぇ殺し合いだ」 『……あ?』 「どっちかが全滅するまでタイマンを繰り返す方式でどうだ? 最初は五対五からスタートして、勝った奴はそのまま次のタイマンに出てもいいし、他の奴と交代して休んでても問題ない。負けた奴が出るのは無しだ……つっても、お前以外は負けりゃ死ぬから関係ねぇけどな」 『……で? てめぇらが全滅すりゃ、後ろの軍勢は退散するってか?』 「お前らがこの話を呑んだら、先に後ろの軍勢を退散させてもいいぜ?」 ノワールはあくまで、自分達が最も楽しめる状況を望んでいる。 レイドはその提案を受け、一瞬だけ肩越しに視線を後方へ向けたが、彼らにはこの襲撃を成功させる為の策を用意している。 ノワールの提案を受けるのは、自ら策を放棄するのと同意義だ。 「要はあれだ、この場で戦争するか戦闘するかって話だ。お前らに勝ち目があんのは後者だと思うぜ?」 『……そんなふざけた案に乗ると思ってんのか?』 ため息を吐き、ノイズ混じりの声に苛立ちを乗せるレイドは、黒く滲んだ左手から一本の試験管を取り出す。 「悪い話じゃないだろ?」 それを見たノワールは、レイドに向けていた槍を下ろし、自身の腰に掛けていたガスマスクを手に取る。 その様子を見たブラック、アスワド、コマンドー、パニッシャーの四人を含め、広場に集まっている全員が、それぞれガスマスクを装着。 『こっちは戦争しに来てんだよ。てめぇら全員ブチ殺して、バラバラにした後でまとめて山脈に送りつけてやる』 レイドは迷わず、灰色に濁った液体が入っている試験管を握り潰した。 『そんなチンケなマスクで防げる代物と思ってねぇよな? それとよ……』 ノワールがガスマスクを装着したのを見て、レイドは挑発的な口調で言い放つ。 『……百の島を殺せる俺に、この程度の人数差が苦になるとでも思ったのか?』 砕き割れた試験管から、灰色の液体が広場の地面に滴り落ちる。 『”毒葬(どくそう)・ティラノレイドン”』
/1014ページ

最初のコメントを投稿しよう!