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「素質だと? どういう意味だ?」
しかめ面でジュエリーを見上げ、言葉を返すM・クラフト。
(素質……か。なんとなく言いたいことはわかるけど、でもまだわからないことの方が多いかな)
その隣に立つオレンジハットは、自らの顎に手を当てて考えを巡らせる。彼にはほんの少しだが、彼女の発言に心当たりがあるようだ。
「それは答えになってないよ」
しかし口では、ジュエリーの発言を一蹴。
「知らないわよ。どうせ連中の言ってることにまともな意味なんか……」
虚ろな表情のまま、オレンジハットへ言葉を返すジュエリーは、自身を見上げるM・クラフトに視線を移し、発言を中断。
「あら? あなたM・クラフトね?」
どうやらジュエリーは、今になってM・クラフトがいることに気づいたらしい。
お互いに顔を合わせたことはないが、無法大国の王としての顔は有名。だが現在は”エターナル・エントランス”と同化しており、様相が変わっている為、気づくのが遅れるのは無理はない。
「テレビで見た印象とは違うわね? ほんとは人間じゃなかったの?」
続けてジュエリーは、M・クラフトを見下ろして虚ろな表情に笑みを宿し、尋ねる。
彼女が注目している点は、顔などに刻まれた彩りや紋様よりもまず、背に生えた一対の翼であるだろう。
「……色々あってな」
言われたM・クラフトは、それだけの言葉しか返そうとしない。
「ふぅん、説明する気がないなら別にいいけど」
問うた側であるジュエリーも、そこまで気になっているわけではないようだ。
「今は時間が惜しくてね、君の話をしてもらっていいかな?」
ジュエリーがM・クラフトに注目したことによって途切れた会話の流れを、オレンジハットが強引に戻す。
「テース事件の後からずっとここにいるなら、それなりに長い間、囚われていたことになるね」
「……ずっといるわ。だから今の私は、外の状況を知らないのよね」
オレンジハットへ視線を戻し、虚ろな表情から笑みを消すジュエリー。
「何か面白いことでもあったのかしら?」
そう言って、また一瞬だけM・クラフトに視線を向けた。
「失踪したはずの無法者が、化物になって戻ってきたとか……ね」
「面白い話なら、ここにいる彼以外にもたくさんあるよ。君が気に入るかどうかは知らないけどね」
ジュエリーが単身テロリストとして、秘密結社インフィニティが支配する領域を荒らし回っていた理由を、オレンジハットやM・クラフトは知らない。
「君って、インフィニティと敵対関係にあったんだよね? だからここに捕まっているんだし」
「私は別に、秘密結社とか敵対とかどうでもいいわ。私は宝石を集めたいの。この世の宝を全部、私のものにしたかったのよ」
「……なるほどな」
オレンジハットの質問に答えるジュエリーの発言を聞いて、M・クラフトが腕を組みつつ、納得したような声をあげる。
「連中の言う素質……今それがわかった気がした。貴様の思考回路は連中に似ている。だから殺されず、むしろお気に入りとして抱え込まれているのだろう」
続けて、M・クラフトはそう言うが、再び顎に手を当てるオレンジハットは、それだけでジュエリーが生きている理由にはなり得ないと考えていた。
「我々のように檻にも入れられず、ある程度の自由すら与えられている。貴様は連中と同類だというわけだ」
「自由を与えられている……ですって? どこをどう見ればそんな言葉が出るのかしら?」
言い放つジュエリーの首から下は、もぞもぞと蠢く巨大な泥の塊に埋もれている。
M・クラフトはジュエリーに自由があると言ったが、本人からしてみれば首から上しか満足に動かせない状態なのだ。
「違うのか?」
しかしM・クラフトは、自らの発言を訂正しようとはしなかった。
「私はこの泥に捕まってんのよ? 最初にいた場所からここまで来るのに、どれだけの時間をかけたと思ってるのよ?」
そしてそれは、ジュエリーの発言によって彼の中で確信に変わる。
「なるほど……つまり、君は連中から逃れようとしているわけだ」
次に口を開いたのはオレンジハット。彼はジュエリーを指差し、M・クラフトの発言の意図も理解している。
”晩餐会”が彼女を幽閉したいと思っているなら、オレンジハットやM・クラフト、タロットピエロらと同様に”無効硝子”の檻に閉じ込めておくだろう。
だがそうせず、おそらくはフランケンクレイの力で生み出したであろう泥の塊に埋めているのは、”晩餐会”が彼女に一定の自由を与えている証拠。
現に、ジュエリーは自分で、最初にいた場所からここまで移動したと言った。
”晩餐会”が幽閉を目的としているなら、あり得ない状況である。
「サクリファイスに追われなかったのか?」
「サクリファイス……?」
「山羊の頭蓋骨を被った少女だよ」
腕を組み、しかめ面のまま尋ねるM・クラフトの言葉に首を傾げるジュエリーへ、オレンジハットが説明を送る。
「ちなみに、最初にいた場所というのはこの近くになるのかい? 僕らはかなり遠くからやって来たんだけど、今も連中には追われてる身だよ」
帽子に手を当て、深く被り直すオレンジハットは、不敵な笑みを浮かべてジュエリーを見上げる。
「山羊の頭蓋骨……ね。そんな被り物をした奴もいたかしら。でも私は、見ての通り泥に埋もれてるのよ? 居場所はずっとあの女に知られてるわ」
「……フランケンクレイか。本人を見たのか?」
言い放つジュエリーに対し、質問を投げるのはM・クラフト。
彼にとって最も重要なことは、ジュエリーに関するものではない。この中央街に、フランケンクレイ本人がいるのかどうかだ。
「それは僕も知りたいところだね。君を捕らえている泥を操る”狂人”は、今もこの街に残っているのかい?」
オレンジハットにも、それは重要な問題。
「ええ、いるわよ? あの女は滅多にここを動かないから」
ジュエリーは、素直に答えを返す。途端にM・クラフトの額には冷たい汗が滲み、オレンジハットの笑みが不気味なものになっていく。
「なら、さっさとここから去るべきだな」
腕組みを解き、隣のオレンジハットへ顔を向けて言い放つM・クラフト。
「その前に、色々と相談があるんだけどさ」
しかしオレンジハットは、笑みを浮かべてジュエリーから目を離さない。
「君、そこから出してあげようか?」
そして再び指を差し、提案を投げかける。
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