血染めの泥人形

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「何を……!?」 その言葉に、真っ先に反応を示したのはM・クラフト。 現時点で彼には、泥に埋もれたジュエリーを解放する理由など微塵も存在しない。 だがオレンジハットはおそらく、”晩餐会”との遭遇を避ける為の囮を増やしたいのだろう。 中央街に来た理由もそうだが、幹部リーパーとの戦闘に備え、この”倉庫”の中で自分の為の戦力を揃えるつもりだ。 「私はどっちでも構わないわよ? あんたの好きにしたら?」 「どっちでも構わないということはないだろう? だって君、そのままじゃまともに動くこともできないんだから」 「私は反対だぞ、奇術師。その理由は貴様ならわかるはずだ」 オレンジハットとジュエリーのやり取りに、自らの意見を挟み込むM・クラフト。 泥の塊に埋もれたジュエリーの居場所は、フランケンクレイによって感知されている。 彼女を泥から解放すれば、すぐにフランケンクレイは異常に気づくことだろう。本人がこの中央街にいるのなら、この場に現れる可能性も高い。 「でも、僕は気にしない。その理由は、君にも説明したはずだよ?」 そうなれば、オレンジハットはM・クラフトを不死身の囮として利用し、ジュエリーを連れて場からの離脱を図るだろう。 「貴様……!」 M・クラフトの意見など、オレンジハットには関係がない。 「でも、君を泥から出す前に一つだけ聞きたいことがある」 ジュエリーを指差したまま、オレンジハットは彼女から目を離さずに言い放つ。 「これ以上は付き合ってられん。貴様の都合を私が汲む理由もない」 M・クラフトはそう言って、背の翼を大きく開くと、健常な左足だけで跳躍を行い、空へと昇っていく。 が、 「な……!?」 M・クラフトが、その場から飛び立つことはなかった。跳躍すら成功せず、いつの間にか彼の両足は地面と共に氷漬けとなっている。 「君にはここに居てもらうよ」 「ふざけた真似を……!」 必死に翼を動かし、空へと飛び上がろうとするM・クラフトだが、氷漬けとなった両足が地面から離れず、まともに動くこともできない。 手を伸ばしても、隣に立つオレンジハットには届かない。頼りとなる武器も秘宝も持っていないこの状況下では、地面と共に凍らされた状態から脱することは困難だ。 「心配しなくても、彼女を泥から出したらすぐに解放してあげるさ。その氷はバックアップの能力によるものでね。下手に動くと足はなくなるし、君の能力で治る保証もないよ?」 抵抗するM・クラフトを宥めるように、オレンジハットは視線をジュエリーから動かさず、発言だけを送る。 「く……ペテン師が! その女を解放すればフランケンクレイが気づく。奴の襲撃に備えて私を拘束したのだろう!? 解放するなどと嘘をつきおって……!」 「ペテン師呼ばわりは酷いねぇ。大人しくしていればちゃんと解放してあげるのに」 「私を解放するなら、こちらからからも条件を一ついいかしら?」 声を荒げ、翼をバタつかせるM・クラフトをよそに、ジュエリーからそんな発言が飛ぶ。 「……なんだい?」 「私を出すのなら、私の刀まで案内してちょうだい。ここに一瞬で現れたように、好きな場所に瞬間移動できるんでしょ?」 ジュエリーはオレンジハットの力に詳しくはないが、彼らがこの場に現れた瞬間をよく見ていたようだ。 「別にいいよ? 君の刀がある場所がわかるのならね」 「わかるわよ? 感じるの。きっと私から離れて泣いているんだわ」 そう言ったジュエリーの表情が、虚ろなものとは一変し、恍惚なものへと変わる。 「へぇ、それは便利だね。”七大秘刀”の使い手は皆そうなのかな?」 言いながら、M・クラフトへ顔を向けるオレンジハット。 無法大国を治めていた時代、彼の部下には”七大秘刀”の一振り、”竜爪丸”を所持するアート・プセタンスがいた。 しかし、両足を凍らせることで拘束している状態の彼から、有益な意見が返ってくるはずもなく、M・クラフトは無言を貫いたまま、必死の抵抗を続けている。 「それは知らないけど、場所だってこの街からそう遠くないわ。私の刀を手に入れたら、あんたとは別行動をとらせてもらうけど」 「じゃあ、次はこっちの質問をさせてもらおうかな」 まだジュエリーを指差した状態で、不敵な笑みのままにそう言い放つオレンジハット。 「この街のどこかに”エール”がいるよね? 君もテースで会ってる人物さ。金髪の銃使い……炎を従える”超人”だよ」 言われたジュエリーは、表情に恍惚を残したまま考え込む素振りをみせ、黙り込んだ。 「……ええ、確かに見たわね」 少しの間を置いた後でそう言い、首を回して別の方角へ顔を向ける。 「あっちに大きな建物が見えるでしょ?」 彼女に言われるがまま、オレンジハットもその方角へ視線をやると、遠目だが確かに巨大な塔のようなものが建っているのが見える。 「あの灰色っぽい塔のことかな?」 「そうよ。あれはヴァンパイアが根城にしてる場所。名前は忘れたけど、連中は”深淵”に繋がる道の一つだとも言っていたわ」 「”深淵”……か。興味深いね」 「あの塔の地下牢に、あんたの目的の人物が囚われてる。そいつの解放も好きにすればいいけど、近くにはフランケンクレイとやらの本人もいるわよ?」 「……なるほど。いい情報だね」 オレンジハットはそう言って、再び帽子に軽く触れる。 直後、 「”吊るされた男(ハングドマン)”」 ジュエリーを差している指の先に黒い靄を集束し、先端に輪のついた一本の鎖を生成。 それを勢いよく伸ばし、ジュエリーの首に黒の輪をはめる。 「君とは色々、面白い話ができそうだね」 言いながら、オレンジハットは自らの指や手を動かすことなく、鎖に繋がれたジュエリーを泥の塊から引き抜いた。 もぞもぞと蠢く泥の中から飛び出すのは、単身テロリストとして活動していた頃のジュエリーそのもの。 美しくウェーブした金髪は肩を越えて背にかかるほど。 服装は至ってシンプル。上は長袖の白いシャツ、下は膝元までのスカートを履き、赤いハイヒールで石畳を叩く。 そのどれもが、今は泥に汚れている。 そして手には、黄色の鞘に納まった一振りの刀を握りしめていた。 「……強引なやり方ね」 体勢を整えるジュエリーの首から、黒い輪と鎖が外れ、靄となって消えていく。 「……おや? 刀はもう持っていたのかい?」 「あと二本、ついさっき感じたのよ。この中に納品された香りがね」
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