血染めの泥人形

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「納品……? なるほど……」 ジュエリーの発言に、またしても自身の顎に触れてつぶやきをあげるオレンジハットは、彼女が握りしめる黄色い鞘の刀へと目をやる。 ”七大秘刀”に数えられる一振り、”朝蛍(あさぼたる)”。 Bランクの価値付けが成されている代物で、同列に謳われる”火柱”と同様に、鍔の先には刀身が存在せず、周囲の光を集束し、操る能力が秘められている。 「山脈の戦いで、幹部に殺された男が”七大秘刀”を持っていたような記憶が薄っすらとあるよ。確か……”竜爪丸”だったかな?」 言い放つオレンジハットは、両足を氷漬けにされてもがくM・クラフトに顔を向ける。 「もう一本……確かに感じるわ。山脈の戦いとやらは知らないけれど、これはテースにあったものと同じのようね」 「テースに”七大秘刀”が? 君以外にも使い手が来ていたのかい?」 「名前は”鯖読(さばよみ)”だったかしら? あれも私の刀に間違いはないのよ。さっさと案内してちょうだいね」 M・クラフトからジュエリーに視線を戻したオレンジハットは、彼女との会話を続けながら、その後方にある泥の塊が異様な動きをみせていることに気づく。 「……へぇ、それは知らなかったよ」 言葉を返しつつ、右手で帽子に触れる。 「おい奇術師! もういいだろう!?」 泥の塊が動き出したことに気づいたのは、M・クラフトも同じのようだ。しかし彼は両足を氷によって拘束されているため、何かしらの行動に移ることができない。 「”竜爪丸”という刀も、きっと私の手に握られたくて泣いているわ。早くしましょう」 そう言い放つジュエリーの背後から、泥の塊が巨大な手を形成し、伸ばしてくる。 が、 「君はなぜ、他の”七大秘刀”に興味があるんだい?」 勢いよく迫った泥の手は、ジュエリーに届くことなく寸前で何かにぶつかり、激しい音と多量の飛沫を散らせ、止まる。 直後に振り返ったジュエリーの目には、何もない場所で何かと衝突し、飛び散る多量の泥が映っている。 「動き出したわね、あの女が」 「では、急ごうか」 ジュエリーの言葉の後で、帽子から手を放したオレンジハットが指を鳴らすと、M・クラフトを捕えていた氷が一瞬にして消え去る。 (あれはウォールの……他人の秘宝の力を使えるというのは本当だったのか) 解放されたM・クラフトは、泥の手が見えない壁にぶつかり、飛散する光景を眺め、思考を巡らせる。 彼が思うように、オレンジハットはかつての防壁部隊副隊長、ウォールが使用する見えない壁を使い、泥を防いだ。 (なら、この氷がバックアップのものだというのも事実だったわけか) すでに消え去ったが、凍らせた対象をこの世から完全に消失させるバックアップの力を使用していたことも、虚偽ではなかったのだろう。 ”黄色十二宝”に秘められた共有魔術、”魔導葬送(まどうそうそう)”。 この魔術に特化した秘宝を使い、宝具としてバックアップは様々な痕跡を組織の為に消してきた。 ”エターナル・エントランス”が持つ再生能力であっても、彼女の宝具の力なら、完全に消失させることができるかも知れない。 最終的に自らの両足を切断し、脱出後に再生させるという手段と考えを抱いていたM・クラフトだが、試すには危険な賭けであった可能性が高い。 (様々な秘宝の力を扱える秘宝だと? 聞いたことがない) 次に彼の思考が向かう先は、オレンジハットが持つ伝説の秘宝について。 しかし、インフィニティがそうであるように、彼の秘宝に関する情報はどこにも出回っていない。 「私が”七大秘刀”を集めるのは、自分ではなく刀の為よ。早くしないとかわいそうでしょ?」 見えない壁と衝突し、派手に飛散した泥が一箇所に集まっていく光景を眺めながら、先程の質問に答えを返すジュエリー。 「でも”七大秘刀”は、刀に選ばれた者じゃないと扱えない。君は”朝蛍”を抜けても、他の刀は無理じゃないのかな?」 「大丈夫よ、私は全ての刀に認められてるから」 オレンジハットは知らないが、テース事件の際にジュエリーは”鯖読”を鞘から抜いた。 彼女はその時の経験から、全ての刀を扱えると確信しているようだ。 「実際に二本目も抜いたことがあるしね」 「へぇ、それは興味深いねぇ。”七大秘刀”にはそんなに詳しくないけど、あれを扱える人は他の刀も使えるのかい?」 「私だけよ。だから全てを集めたいの。他の誰かの手にあるなんて許せないわ」 (……まぁいい、ここは脱出が優先だ) オレンジハットとジュエリーの会話に耳を傾けることなく、M・クラフトは中央街からの離脱を図る為、翼を広げて飛び上がった。 同時に、見えない壁の向こう側で集束した多量の泥が、5メートルに及ぶ巨人の姿を(かたど)っていく。 『なんだよ? こんなところにいたのかぁ?』 そして、流動する巨大な体躯に頭部を設け、顔の装飾を施した後にくぐもった声をあげる。 「”瞬間移動の手品(トンネルローブ)”」 その刹那にオレンジハットは、大きな白い布を出現させて自分とジュエリーを覆い隠す。 『また逃げんのかよ』 それを見たフランケンクレイは、自身の行く手を阻む壁を殴りつけ、一撃で破壊。 しかし、彼女が動き出すよりも早く、布に覆われた二人は姿を消し、空へと逃れたM・クラフトも、遠く離れた場所を飛行していく。 『チッ、まぁいいか……』 流動を続ける巨人の体躯が、瞬く間に崩れ落ちていく。 『……この”倉庫”からは逃さねぇ。存分に楽しめそうだなぁ……』 泥溜まりとなっていくフランケンクレイは、最後にくぐもった声を漏らし、完全に巨人の姿を崩した。 ”倉庫”に幽閉されていたオレンジハット、タロットピエロ、M・クラフトの三人が自由の身となり、それぞれ別行動をとっている。 さらに、テース事件から幽閉されていたジュエリーまでもが解放され、”倉庫”内部を好きに動き回る者は四人となった。 彼らを追うのは”晩餐会”。 そして最後の一人、スペンサー・ネックエールだけが、未だ幽閉されたままである。 ーーーーー
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