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「いいぞ……」
銅色の棺から手を放したリーパーは、また一歩とトリスタンに向けて前進。
「……”貢ぎ物”にしては、面白いことを言う」
対するトリスタンは、低く掠れた声をあげながらゆっくりと接近してくるリーパーを睨みつけ、警戒心を強めていく。
彼は以前、ナルクマーナの戦いにおいて、インフィニティ幹部の実力を思い知ったばかり。
目の前のリーパーを、決して侮りはしない。それを証拠に、トリスタンは戦闘が始まる前から”半堕羅”を使用しており、自身への負担は度外視に、力を出し惜しみなく発揮できる状態を保っている。
そして、
「”飛炎尾羽根”」
背の翼を大きく広げ、勢いよく前方に向けて振るう。
すると、炎の弾丸が無数に出現し、まるで散弾の如くリーパーへ迫っていく。
「……死には抗えない。思い知ることだ」
炎の散弾に晒されて尚、リーパーは防御も回避も行う素振りをみせず、声を発するのみ。
直後、彼は正面から炎の散弾の直撃を受けた。およそ全身にまんべんなく、順番を競うようにして迫る炎の弾丸が突き刺さり、派手な業火と衝撃を生む。
しかし、リーパーは何事もなかったかのようにゆっくりと前進。
「この俺の前ではな……」
一歩、また一歩と、低く掠れた声をあげながらトリスタンに近づいていく。
(無傷だと……?)
攻撃を放ったトリスタンは、炎の散弾が直撃したにも関わらず、発生した炎や黒煙の中から歩いて出てくるリーパーを見て、当然の疑問を抱いていた。
炎の散弾は、まともに当たれば人間を焼き焦がした後で貫通するほどの威力があり、常人ならば死に至らなくとも戦闘不能には追い込めるはず。
だが、全ての弾丸を正面からまともに受けたリーパーは、無傷の状態でトリスタンへと近づいてくる。
Bランク秘宝、”アンドロマリウスの衣”。
”魔王”の一族が生み出した数多の秘宝の中で、知られざると言われる伝説。
”聖書”には一切の記述は無く、”魔王”と呼ばれたゾーゾード・ヘクシテルマーセットの半生を描いた書物、”魔暴乱譚”にも名前すら登場しない。
この秘宝に関しての情報は、なぜか”白き一族”の伝承に一握りだけ加えられており、それを読み解いた考古学者が出した結論は、魔王の一族に裏切り者がいたという事実。
よって、この秘宝は魔王の一族が生み出したものでありながら、その一族を滅ぼす為に使われたとされている。
秘められた力は、正面から受けたものに限り、衝撃や斬撃など、自らに降りかかった被害を、別の次元を通して他の場所へ押し付けるというもの。
その範囲は、秘宝を中心として半径15キロメートルに及び、今の炎の散弾がもたらすはずだった被害も、リーパーに降りかかることなく別次元を通り、”倉庫”のどこかへ送られているのだ。
「抵抗など虚しいものよ……」
そして注目すべきは、”アンドロマリウスの衣”は憑依型の秘宝であるということ。
”血を啜る死神”、彼の姿は本来のものでなく、秘宝とその力を着ているだけに過ぎない。
「”業炎裂爪”!」
無傷のまま歩み寄るリーパーに対し、トリスタンは猛禽類のような右腕に業火を纏い、勢いよく振り下ろす。
鋭い爪が大気を裂くと同時に、燃え上がる業火の刃が発生。それが、前方にいるリーパーに向けて素早く飛来。
しかし、やはり正面からの攻撃は効果がなく、”アンドロマリウスの衣”の力で別次元に送られ、リーパーは無傷を保っている。
「ぐぉ……!?」
次の瞬間、トリスタンの翼が業火の刃によって裂かれ、無数の火の粉を舞わせて三つに切断された。
これも、”アンドロマリウスの衣”に秘められた力である。
正面から受けた被害を別次元に送り、他の場所へ届ける力は、範囲内にいれば人間だとて例外ではない。
今のトリスタンは、自分自身が見舞った攻撃によって翼を裂かれ、大きく体勢を崩している。
ただ、秘宝の所有者であっても被害を送る場所を選ぶことはできない。
自分の攻撃が自分に送られて来ることは極めて稀な現象であり、今回のトリスタンは運がなかったと言えよう。
「ぐッ……何が……!?」
わけもわからず前のめりによろめき、すぐに翼を燃え上がらせて再生。
その隙に、リーパーは眼前まで迫っていた。
「くッ!?」
慌てて体勢を戻し、翼の再生を待たずに後方へ飛び退こうとするも、リーパーが伸ばした汚らしい右手に、嘴を掴まれてしまう。
「安らかに眠るといい。死は誰にも等しく訪れる」
リーパーの言葉と共に、トリスタンの顔に生えた嘴が勢いよく握り潰された。
「ガ……ガヘッ……!?」
多量の鮮血と嘴の破片が彼の足元、泥溜まりの上に落ち、痛みに悶えるトリスタン。
「この俺によって……な」
その首を同じく右手で掴み、握力だけで強引にへし折るリーパー。
鈍い音が鳴り響き、トリスタンは泥溜まりの上に力なく横たわった。
「堪能するといい……協力してやろう」
その頭を、今度は右足で勢いよく踏み潰す。
最初の一撃で頭蓋骨が歪み、次の一撃で派手に砕ける音が鳴る。
そこから何度も何度も、リーパーが繰り出す踏みつけによって、トリスタンの頭部は泥溜まりを赤く染める肉片と化していた。
「……痛みも苦しみも必要ない」
踏みつけをやめたリーパーは、酷い猫背で曲がっている上半身をさらに前へ倒し、至近距離でトリスタンを眺める。
すると、頭部を失ったはずのトリスタンが橙色の炎に包み込まれ、辛うじて繋がった状態の肉片と化していた頭部さえも再生し、燃える鳥人間の姿へと戻る。
「お前に与えるのは恐怖だけだ」
しかしリーパーは、想定済みだったのだろう。特に驚く素振りもみせずに、再生を終えたが倒れ込んでいるトリスタンの顔面を右手で掴み、ゆっくりと持ち上げる。
「恐怖こそが、死を鮮やかに彩ってくれる」
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