血染めの泥人形

32/32
3243人が本棚に入れています
本棚に追加
/1036ページ
「むぐッ……ぐッ……!?」 自分の顔を片手で掴まれ、そのまま両足が浮くほどに持ち上げられたトリスタンは呻き声をあげつつも、猛禽類のような自身の両手でリーパーの腕を掴み、鋭い爪を食い込ませる。 それと同時に、右足を突き出して相手の腹部へと蹴りを見舞った。 が、 「諦めの悪い……」 リーパーには、一切のダメージがない。腕に食い込ませた爪は皮膚を突き破ることもできず、何の痛みすらも与えることができていないようだ。 (こいつ……なんて力だ……!) 顔を掴む手に力を込められ、頭部の内側から鈍い音が鳴り響くのを感じたトリスタンは、苦痛に表情を歪めながらも、(くちばし)の中から火炎を溢れさせる。 そして、 「”業炎吐息(フレイムブレス)”!」 顔を掴まれた状態から、強引に(くちばし)を開いて火炎を吐き出す。 「……お前に教えてやろう」 突如として、顔を掴んだ手の内側から溢れ出した火炎に対し、とっさに手を放してトリスタンを解放し、数歩ほど後退するリーパー。 (くちばし)から放出された火炎は、そのまま正面からリーパーを呑み込もうと迫ってくるが、彼は軽く握った右手に赤黒い輝きを発生させ、稲妻の如き閃光を拳の中から溢れさせると、ゆっくりと手を開き、血が腐ったような輝きを光線に変えてぶつける。 「”血の咆撃(サングイスウォークス)”」 低く掠れたつぶやきの後で、トリスタンが吐いた火炎は光線によって撃ち抜かれ、散開。 それだけでは止まらず、赤黒い光線はトリスタンの胸部に直撃し、派手な衝撃を発生させて肉と骨を引き剥がす。 「ぐ……ッ……!?」 泥溜まりの上に両手と両膝をつき、多量の鮮血を垂らして足場を赤く染め、(うずくま)るトリスタン。 その眼前に、再びリーパーが歩いて接近。 「死の素晴らしさと、恐ろしさを……」 つぶやきをあげるリーパーの黄色く濁った両目は、トリスタンの額に浮かぶ紋様に向けられていた。 (馬鹿な……!?) 未だ蹲るトリスタンは、心の内が驚愕と戦慄で埋め尽くされており、傷口を燃やして治癒させることが精一杯で、その場から動こうとしない。 (……”円卓騎士団”の一人である私が、手も足も出ないだと……!?) トリスタンの心を埋め尽くす感情に、新たに屈辱が加えられる。 インフィニティ幹部を舐めていたわけではない。 加えて過去の戦争で、”倉庫”に襲撃を仕掛けた騎士団の全滅を知ることから、”晩餐会”を舐めていたわけでもない。 だが、何もできない。 ”円卓騎士団”は実力者を集めた少数精鋭の戦力。 その一人である自分が、成す術もなく弄ばれている。 それが、トリスタンには理解できない。 ”半堕羅”による全力での戦闘を仕掛け、傷一つ付けられない現状。 理解が及ばない事実に対して、心の内には恐怖が渦を巻き始めた。 「……死から遠ざかるのはやめておけ」 リーパーは、蹲るトリスタンの(くちばし)に優しく触れた後、強制的に顔を上げさせ、反対の手で額に触れる。 「ぐぁああああああああああああああ!」 直後に、トリスタンは絶叫をあげた。 リーパーは彼の額に浮かぶ紋様を、その周囲の肉ごと引き剥がし、奪ったのだ。 「がぁあああッ……!」 途端に、トリスタンの姿が人間へと戻っていく。 秘紋型の秘宝、”フェニックスの爪痕”を強引に剥がされ、力を失った彼は元の姿に戻ると、肉の無くなった額から多量の鮮血を垂れ流して表情を赤く染め、慌てるように傷を手で押さえる。 「これはもらっておく」 素手で引きちぎったトリスタンの肉片を手に持ち、浮かび上がる紋様を眺めながらつぶやくリーパー。 「ぐッ……馬鹿な……”半堕羅”が……」 自らの額を押さえ、蚊の泣くような声をあげるトリスタン。 ”半堕羅”は、秘宝との同化を行う技法。 ”フェニックスの爪痕”と一体化していた彼が、秘宝そのものを身体から引き剥がされるなどということは、どう考えてもあり得ない、起こり得ないことだった。 さらに、それを待っていたかのように、周囲の泥溜まりから無数の気泡が湧き上がり始める。 最初に現れるのはヴァンパイア、続いてサクリファイス、スクリーム、最後に泥の巨体としてフランケンクレイが、”貢ぎ物”であるトリスタンの元に集結する。 「なんじゃ……もう始めておったのか」 場の光景を目にしたヴァンパイアは、リーパーに視線を移して発言をあげる。 その横ではサクリファイスが山羊の頭蓋骨をカタカタと鳴らし、後方に座り込むスクリームは誰に視線を向けるでもなく、自身の手の指を口に入れてしゃぶりついている。 『なんだよ会長、抜け駆けかぁ?』 フランケンクレイはくぐもった声で不満げな言葉を漏らし、泥の巨体をゆっくりと動かしてトリスタンに歩み寄る。 「”貢ぎ物”で遊ぶのはいいとして、ちと問題が起こってのぉ。対処にも時間がかかりそうじゃぞ? 会長」 そう言い放つヴァンパイアの表情には、不敵な笑みが浮かんでいた。 「すぐに”倉庫”は来訪者で埋まる。もてなしをしてやろう」 鳥の足跡に似た紋様が浮かぶ肉片を握りしめ、言葉を返すリーパー。 『中央街にいる女も逃げたぞ? 檻に入れてた連中もだ。あいつらの身柄は俺がもらう。それでいいんだよな?』 「サクリファイスとスクリームで、もう一度あやつらを檻に入れ直せばええじゃろ」 フランケンクレイの言葉にヴァンパイアがそう言うと、サクリファイスとスクリームが確かな反応をみせる。 その感情は、喜びであった。 「じゃがまずは、”貢ぎ物”を楽しもうかの」 『さっさとやろうぜ、待ちくたびれてんだ』 ヴァンパイアとフランケンクレイが、額を押さえて蹲るトリスタンの傍らに接近。 「ワシとの”契約”じゃ。それ以外にヌシが生き延びられる方法は無い」 言いながらヴァンパイアは、衣服の内側から首飾りを出し、そこに群青色の輝きを発生させる。 「断れば、ヌシが想像する何倍も悲惨な末路をたどることになるじゃろう。”契約”は自由じゃからの、無理強いはせん」 『”契約”しねぇなら、まず俺は顔の右半分をもらうぜ?』 「慌てるなフランケンクレイ。今回、顔はスクリームが先客じゃ」 蹲るトリスタンに、もはや場の会話は聞こえていない。 ”フェニックスの爪痕”を奪われ、治癒能力も戦う為の力も失った彼を取り囲む”晩餐会”。 逃げ場など、どこにもない。 しかし、死ぬことも許されない。 『スクリームが先客だぁ? 初耳だぜそんなことはよぉ?』 「前回の取り決めじゃよ。別にヌシはええじゃろう? ”倉庫”を動き回る玩具を好きにできるんじゃから」 『それとこれとは別……アッ、アッアァ……別腹だろうよ』 トリスタンに残された道は、彼らに弄ばれることのみ。 ”契約”に応じるかは関係なく、彼らはトリスタンの身柄を各自が好きなように扱うだろう。 「……お前達に任せる。”貢ぎ物”も、檻からの脱走者もな」 肉片を眺め続けるリーパーは、”倉庫”で起きている異常事態を、自分以外のメンバーに任せるようだ。 『なんだよ会長? ”貢ぎ物”にも手を出さねぇのかぁ?』 「俺は来訪者をもらう。”エール”に極上の恐怖と死を……これは我らの取り決めだ」 リーパーがそう言うと、場に赤子の泣き声が響き渡る。 その影響を受けるのは、泥溜まりに蹲るトリスタンのみ。 「”契約”は成立じゃの」 そして今からヴァンパイアが、トリスタンに軽い暴行を加えていく。 彼の言う”契約”に首を縦に振るまで、トリスタンの地獄は続き、”契約”が成立した後は、それ以上の地獄が待っている。 『うっかり殺すなよ副会長』 「大丈夫だ。これがあるからな」 フランケンクレイの言葉に、リーパーが紋様の浮かぶ肉片を場の皆にみせつけた。 「死にはしない。恐怖が全てを支配するまで」 ”倉庫”に響くトリスタンの絶叫は、最低でも明日の午後まで続く。 その間に、中央大陸では大きな戦いが繰り広げられることだろう。 ーーーーー
/1036ページ

最初のコメントを投稿しよう!