宵闇

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「なんだこの野郎!? やんのか!? 手加減はしてくれるんだろうな!?」 ゆっくりとした歩調で、自身らに迫ってくるアーカスに対し、篭手を紫電で覆って身構えるトニー。 彼の後ろに隠れるように立っているライスも、銃の出力を最大にして引き金に指をかける。 「お前と戦ってる暇はない。俺はこう見えても忙しいんでねぇ」 スタスタと、戦闘体勢をとっているトニーとライスの横を、何もせずに通過していくアーカス。 「あ、そうだ」 そのまま空港内を出ていくかと思いきや、足を止めて踵を返し、ベラの方へ振り向く。 「その右目、”危視能力”が目覚めてるみたいだな。その力は便利だから、ちゃんと使いこなせるようになってた方がいいぜ?」 その言葉を最後に、アーカスはレイラに向かって手を振ると、歩調を早めて待ち合い場を後にし、空港から出ていく。 「……”危視能力”?」 自らの右目に手を当て、握りしめたままの両刃剣を床に落ちていた布に包み、腰に挿すベラ。 「……マジでどういう状況だったんだ?」 篭手に纏った紫電を消したトニーは、アーカスの後ろ姿が見えなくなったことを頃合いにして、腕から装備を外し、ベラとレイラの元へ駆け寄っていく。 ライスも、玩具のような銃を懐にしまい、自分とトニーの荷物を抱えて後を追った。 「メイスン部隊がいたのか? それに、ここは搭乗ゲート近くの待機所だよな? 全部アーカスが消したのか?」 ただっ広い空間には自分を含めた四人と、それぞれの荷物があるだけ。その光景を見回したトニーは、この場でアーカスが戦闘を行ったことを察する。 「うん、警備員もね。あたしも戦ったけど、アーカスさんは一瞬で何十人も消してみせたよ」 「何十人も? 相手はメイスン部隊だろ?」 レイラの発言に、しかめ面で聞き返すのはライス。彼の持つ情報網は中央と北の大陸全土に及んでいるが、月光修道会が拠点としていた南と南西の大陸は手付かずのまま。 ”満月騎士団”の名くらいは知っているものの、インフィニティを追い詰めた十人の力に関しては、あまりよく知らないようだ。 「コードネームを持つ者もいた。おそらく、シュバルツという男だ」 ベラは右目を閉じたまま、レイラの発言に補足を付け加える。 「シュバルツ? 奴隷街で死んだはずだ。俺はその瞬間を見てたぞ?」 「生きてたみたい。顔とか首に火傷があったから、スペンサーにやられた後で復活してきたんだと思う」 「マジかよ……」 「だが、今度こそ死んだろ。アーカス・マルシエットが秘宝を使えば、メイスン部隊でも生き残れるわけがねぇ。ノワールは別としてもな」 レイラとベラの発言に困惑するライスに、トニーが追加の補足を付け足す。 「それよりも、さっさとこの国を出ようぜ。スタントマンの居場所はわかった。ヴィンソリスにいるんだってよ」 ”ウェイロン・ネットワーク”の一部を担う情報屋、ブライト・ティーマスから得たスタントマンの所在を元に、トニーがこれからの方針を説明していく。 「ヴィンソリスって?」 「飛行機だったら数時間で着く小国だ。そこの港町に潜伏してるらしい。他にも色々と説明することがあるから急ぐぞ」 トニーはそう言うと、ライスが抱えてくれていた自分の荷物を受け取り、なぜか空港の出口へ向かう。 「そっちは逆だよトニー、飛行機に乗るんでしょ?」 レイラの疑問はもっともであるが、ライスとベラは理由を察している。 「飛行機には乗らない。空を飛ぶってことは死ぬってことだからな」 高所恐怖症。比較的安全な乗り物である飛行機ですら、トニーは拒絶反応を示すのだ。 「……なんで空港で待ち合わせたんだ?」 「一応、敵の裏をかく為だ。トニー・バストエールを追う組織員が、空港を捜すことはないと思ってな」 呆れるように尋ねるベラに、ライスが小声で説明を行う。 「ほら、何してる? さっさと行くぞ。急ぐぞ」 アーカスが去ってから、急に仕切り始めたトニーに対して、ベラとライスは呆れた表情を浮かべている。 「船でいくの?」 レイラは素直に荷物を持ってトニーについて行き、その背を追うようにしてベラとライスも移動を開始。 「敵が港に集まる時間を稼いでしまったんじゃないのか?」 「……俺もそう思う」 小声でのベラとライスのやり取りは、レイラとトニーには聞こえていない。 無法国家の残党狩りを請け負ったのはメイスン部隊。二人の”満月騎士団”も現れる中、国からの脱出は困難な状況となってしまった。 スタントマンがヴィンソリスの港町から姿を消すまで、残り三日しかない。 ―――――
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