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「……チッ、そういや聞きそびれちまったな」
空港にて、”満月騎士団”の頭領、アーカス・マルシエットと別れてから、30分が経過した。
トニー、ライス、レイラ、ベラの四人は飛行機に乗ることなく空港を後にし、近くに停めてあった青の乗用車を盗むと、港へ向けて走らせている。
運転するのはライス。助手席にはつぶやきをあげ、シートにもたれるトニーが乗り、後部座席の右にベラが、左にレイラが座っている。
「聞きそびれた? 何をだ?」
トニーのつぶやきに対し、後ろからベラが聞き返す。彼女はバックミラーにて前に乗る二人の表情を見ているが、何やら深刻な様子であった。
「奴が言ったことだよ、アーカスがな。俺達がその前に会った”満月騎士団”の生き残り……えっと、名前なんだっけ? まぁいいや。”闘牛”と呼ばれる男も言ってたんだが、連中の目的は”七大秘刀”の”鯖読”らしい」
「ベンジャミン・デルトロだ」
トニーの発言に、運転するライスがそう付け加え、”鯖読”という単語を聞いた後部座席の二人も、わかりやすい反応を見せる。
「やっぱり、聞き間違いじゃなかったんだね」
そうつぶやくレイラの声には、いつもの無邪気の奥に不安の色が感じられた。ジルバ王国の王城に出入りする者ならば、その秘宝を知らないわけはない。未だ昏睡状態にある老兵、エリック・テイパイヤの所持秘宝であった刀の名だ。
「”満月騎士団”の二人が、爺さんの刀の行方を追ってる。そもそも俺達は知らなかったが、山脈の戦いの時に、別人がその刀を使って参戦してたらしい」
頭の後ろで両手を組み、シートにもたれかかる体勢を少しだけ変更するトニー。
「ヴィッキー・パームって名の女性だ。ジルバ王国と関係あるか?」
最後の発言は、後ろの二人へ質問として投げたもの。
「ヴィッキー? 聞いたことないね」
すぐにレイラから返答があったが、ベラは右目を閉じて軽く手を当て、何やら考え込んでいる。
「でも、アーカスさんの目的は七不思議の”堕天牢”でしょ? なんで爺やの刀を探すのかな?」
「そこまではわからねぇが、”満月騎士団”には”七大秘刀”の使い手が三人いた。”堕天牢”は関係なく、単に刀を全部集めるつもりなのかもな」
「それはそうと、なんで伝説を信じないジルバ王国に”七大秘刀”があったんだ? 王城に出入りしてた”宵闇”といい、色々と解せないぞ」
ハンドルを右に切りながら、レイラとトニーの会話に割って入るライス。いつもは混み合い、延々と渋滞が続くはずの娯楽都市、ルックスシティであるが、現在は彼らを乗せた車がスムーズに進めるほどに道路は空いている。
スピード違反も、信号無視も、道路交通法のない街においては、異様な光景である。
そしてこれは、ルックスランドを代表する都市伝説に、そのまま直結する事態であるだろう。
無法地帯の娯楽都市が交通整理された日は、その国で人が死ぬ。
今がまさに、その現状である。もっとも近年、都市伝説を引き起こした人物は何を隠そう、トニーとライス。
当時はスペンサーもいたが、彼らは滅多に見られないこの光景を、数年間で何度も引き起こしている。
ルックスランドの交通整理はもはや、彼らの入国と共に起こる事態と言えるだろう。
「ていうか、あの爺さんに”鯖読”を渡したのは”宵闇”なんだろ? 見えない古城から帰ってきた後に、それをアーカスに返したんだよな?」
トニーが口走った言葉は、古城の戦いから帰還した後、”解宝”の影響で動けないトニーが城で療養していた際、ベラの口から聞いた内容だ。
「”七大秘刀”は持ち主を選ぶ刀だが、世界に一人ってわけでもない。”竜爪丸”を持ったアートの兄貴が山脈に来てたそうだし」
「ああ、エルカニアの奴隷街で会った奴だ」
「デッドクロスのせいで昏睡状態になった爺さんの代わりに、ヴィッキー・パームへ刀を渡したわけか。それで山脈の戦いに参戦して、刀はインフィニティに奪われたわけだな」
トニーはライスを始めとする味方から見聞きした情報を含めて、”鯖読”の行方を話しながら整理していく。
「んで、そのまま”倉庫”に入ったと」
「だったら、アーカスさんも協力してくれないのかな? あたし達はスペンサーを出す為に”倉庫”に行くんだし、目的が違うけど目的地は同じだよね」
「そりゃそうだが、修道会の連中が”晩餐会”をどう見てるかで変わってくるし、俺ら”超人”はあいつらを潰した元凶だからなぁ……ていうかこっちの目的を向こうは知らねぇし、微妙なところだな」
「どう見てるかって、どういうこと?」
レイラの目的は、スペンサー・ネックエールを”倉庫”から解放すること。その為に、彼女はインフィニティの戦力をトニーやライスから聞いており、ベラは手帳に内容をまとめるに至っているのだが、最大の障壁となるであろう”晩餐会”に関して、まだ情報を把握していないようだ。
「”倉庫”を守る”狂人”のことさ。修道会との戦争でも出番がなかった奴らだし、修道会側がどの程度、あの”狂人”の恐ろしさを知ってるかで動きも変わる」
そう言い返すトニーは確信していることがある。
”晩餐会”の恐ろしさは、直に会った者にしかわからない。トニーはインフィニティに属していた時代に一目見ただけだが、恐怖を通り越して戦慄し、心臓が止まりそうになったことを覚えている。
「でも、アーカスさんはめちゃくちゃ強かったよ? あの人でも恐れなきゃいけないの?」
逆に、”晩餐会”をよく知らないレイラは解せないようだ。”満月騎士団”を率いる男の実力の目の当たりにし、多くの精鋭を数秒とかからず全滅させた光景を見た後では、仕方のないことであるだろう。
「そりゃ月光修道会の切札は凄まじいもんだが、”晩餐会”はインフィニティが制御できないバケモン共だからな。その上、頭のネジが全部外れた奴らときてる。勝算があっても相手にしない方が賢明だ。どう考えてもな」
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