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一方で、リビングでの情報提供に参加していないルーベンとロベリアの二人は、扉の修理をすべく庭の納屋に向かい、今まさに玄関へと引き返しているところだった。
「あんた、本当に信用するつもりなの?」
暗い赤色の木製扉を片手で軽々と担ぎ、前を歩くルーベンに向けてロベリアから質問が飛ぶ。
彼女は納屋に置かれていた工具箱を両手に抱えており、すでに中身の確認は終えている。あとは扉のサイズさえ合えば、それほど時間をかけずに修理が完了するだろう。
「奴がトニーに協力していることは本当だ。そしてトニーの目的は”倉庫”にいるスペンサーの救出。それは我々も同じだ」
「だからって協力するわけ? 相手は”満月騎士団”の”大火事”よ?」
庭に積もる雪に足跡をつけながら、二人は玄関に到達。
「仕方ない。今の我々では、倉庫番衆と正面から戦うのは危険だ」
ルーベンはそう言って担いでいた扉を下ろし、玄関外側の壁にゆっくりと立て掛けた。
「そう言うなら、傷が癒えるまで待てば良かったじゃない」
白く染まるため息をつき、玄関口の横に工具を下ろすロベリア。
「いや、それだと時間が掛かり過ぎる。スペンサーに何かあってからでは遅い」
「スペンサーは”超人”よ? いくら”晩餐会”でも手を出すような真似はしないと思うけど?」
ルーベンの返答に、ロベリアは腕を組んで言い放つ。
「いや、”晩餐会”の動きは予測不能だ。私は山脈でヴァンパイアと直接戦い、改めてそう思った」
彼女の意見に、ルーベンは山脈での記憶を思い返しつつ、否定的な言葉を返す。
彼がヴァンパイアと対峙したのは、組織に属していた頃以来だった。
そこで見たのは、底知れぬ狂気。彼ら五人が”狂人”と呼ばれている理由が、明確な言葉では表わせなくとも、的確に感じ取れる。
「仲間を平気で殺し、それを気にも留めない連中だ。私も極悪非道と言われる人間を数多く見てきたが、やはり奴らは次元が違う」
ルーベンは言いながらドア枠を傷つけないよう注意を払い、穴の空いた扉の残骸を素手で引き剥がしていく。
「組織の指示に従ってきたのも、ただの気まぐれに過ぎないかも知れない」
無数の破片をドア枠から取り除き、玄関口の横に積み上げていく。幸い、破損したのは扉そのものだけのようで、新しい扉を取り付けることは可能なようだ。
「確かにそうかも知れないけど、”超人”は別でしょ? 指示に従わないだけじゃない。組織は絶対にそれを許さないわ」
「なら、リンジーが予測した通りということか?」
リンジーの予測というのは、”倉庫”に幽閉されたテロリスト達に関するもの。
不死の秘宝と”堕落”したM・クラフトは除き、他の二名を殺さずに”倉庫”へ幽閉した理由は、”晩餐会”の目をスペンサーから逸らす為だというものだ。
五人が”超人”に手を出さないように、代わりの玩具を幽閉しておく。それによってスペンサーを守りながら、”晩餐会”を満足させられると組織は考えている。
「あくまでも予測だけど、あたしはその可能性も高いと思ってるわ」
会話を続けるロベリアは、ルーベンが残骸の全てを取り除くのを見計らって、足元に置いた工具箱を開く。
「だがそれなら、幽閉されたテロリストはすでに死んでいるだろう。奴らの目がスペンサーに向けられるのも時間の問題だ」
そう言って振り返り、屈み込んで工具箱を漁るロベリアへ顔を向ける。
が、彼女はすでに立ち上がっていた。
「……どうした?」
必要な工具を取り出し、ルーベンに手渡す為ではない。開いた工具箱をそのままに、ロベリアの視線は遥か上空の夜闇へと向けられている。
「あんたの索敵はどう?」
その態勢のまま、ロベリアはルーベンへ質問を返す。
「索敵……? いや、地下迷宮とやらからは何も感じないが?」
言われたルーベンはすぐに地面へ手を当て、地中の気配を探るものの、何者かが接近してくる様子はない。
しかし、
「……あたしは違う。何か来るわよ?」
上空に顔を向けたままのロベリアは、険しい表情と口調でそう告げる。
「何かとは……? まさか……!?」
ロベリアの索敵は、視界探知によるものだけではない。
”風流具術”を応用し、周囲一帯に吹きつける風を遮るものがあれば、瞬時に感知が可能。
それを知るルーベンは、ロベリアと同じ方角へ目を向ける。
「騒ぎ過ぎたかも知れないわね」
彼女がそうつぶやいた瞬間、
『イィイイイイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
絶望そのものが悲痛な叫びをあげているような、そんな絶叫が夜闇に響き渡った。
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