切り裂き紳士

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「この声は……!?」 耳を劈くほどの悲鳴が轟くと、顔をしかめたルーベンはその正体にたどり着く。 「……馬鹿な、早すぎる。もう我々の居場所を特定したというのか?」 「それも、あんたを警戒して空からの奇襲よ。つまり相手は、ルーベン・ヘッドエールの力をよくご存知ってわけね」 会話を終えた後、両足から暴風を発生させたロベリアが宙に浮き、かなりの速度で夜闇へと上昇する。 ルーベンは、それを黙って見上げているわけではない。すぐ様玄関へ視線を向け、通路の先にあるリビングのリンジーへ目での合図を送った。 すると、 「……聞こえてたわよ」 ルーベンの視界を遮るように、異常なまでの数を誇る鎖が玄関を通過し、外へ飛び出してきた。 その後で、リンジーとアレックスが駆け出してくる。 『イタイ! イタイ! イタイ! イタイ!』 夜闇からの絶叫は、一度だけでなく絶えず続いている。 「また幽鬼ってやつか……?」 未だ敵の姿は見えないが、昼間での記憶を頼りに絶叫の正体にたどり着いたアレックスが、腰の鞘から柄を抜き放った。 「……さっきの騒ぎで気づいたにしては、対応が早いわね」 鉄製の櫛で自身の顎を軽く叩くリンジーも、臨戦態勢を取りながら敵の動きに関して思考を巡らせる。 「どうする? 受けて立つのか?」 柄の先に炎を灯したアレックスから、リンジーへ質問が飛ぶ。 「敵の出方次第かしらね、こっちにはロベリアがいるし」 応戦か離脱か。リンジーはロベリアの飛行能力を逃走手段として据え置き、場に現れるであろう敵戦力を見極めてから判断するつもりなのだろう。 「私は応戦でも構わない」 木槌を手に、ルーベンはそうつぶやきをあげる。 「しかし幽鬼ってのは、奇襲には向かないようだな。こうもうるさく叫ばれちゃ、不意をつくことは無理があるだろう」 「そこが問題よ。幽鬼の叫びをエボニーナイトが制御できないなら、なんで連れて来たのか」 「そりゃつまり、奇襲が成功しなくても関係ないってことだろうな」 「そうね。敵はおそらく、私達と真っ向からやり合える戦力でのご登場よ。あんたの役目は早々に片付くかもね」 夜闇にいくつもの絶叫が響く中、冷静に会話を交わすのはリンジーとアレックス。 そんな中、一人で上空に昇ったロベリアはすでに、敵の姿を視界に捉えていた。 頭部は縦に長い楕円形。首は本来の数倍に及んで長く伸び、両腕も同じく異様なほどに長く、手首に近づくに連れて細くなっているが手そのものは球状に膨らんでおり、全ての指が刃物のような形に変化している。 色鮮やなドレスを着ており、腰の位置が胸のすぐ下にまでせり上がっていた。その影響で脚も長く、先端の鋭い槍と呼べるまでの代物と化している。 これが人間であると言われて、信じる者はいないであろう。 ”狂った黒檀”が作り出す異形の存在、”幽鬼(レイス)”。 その数は五体。まるで夜闇を遊泳しているかのように動きながら、かなりの速度で拠点の民家を目指している。 「あれが”幽鬼(レイス)”? 思ってたイメージとは違うわね」 上空を様々な軌道で進む五体の幽鬼は、まだ同様の高度にいるロベリアに気づいていないようだ。 「こんな姿になるのは絶対にゴメンだわ」 苦笑混じりにつぶやきをあげ、両足から発生する暴風を強めていく。 そして、 「”風流具術・豪風烈射(ごうふうれっしゃ)”」 凄まじい暴風を巨大な塊として押し留め、宙に浮いた状態から前に両足を突き出すことで勢いよく発射する。 唸りと共に夜空を進む暴風の塊は、五体の幽鬼に容赦なく襲いかかり、まるで見えない列車に轢かれるが如く、”彼女達”を激しく弾き飛ばしていく。 『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 『ウワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 四体が同時に悲痛な叫びをあげ、それぞれ別々の方角へと弾き飛ばされていく。 その勢いは凄まじいものであり、幽鬼達は絶叫が轟く夜空から一直線に、遠方の民家の屋根を突き破って姿を消した。 が、 『ヤメテェエエエエエエエエエエエエ!』 一体だけ、暴風の列車に轢かれることなく民家を目指し、尚も叫ぶ幽鬼がいた。 「一体逃した……?」 空中で体勢を整えたロベリアはとっさに追うが、幽鬼の速度は凄まじく、彼女が追い付く前に拠点の民家へ到達するだろう。 それを、 「”灼熱乃太刀・渦”!」 アレックスが柄の先に激しく業火を渦巻かせ、直接的に進む熱線として放ち、迎撃。 『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 地上から迫る業火の渦に呑まれた幽鬼は、またも悲痛な叫びをあげて空に打ち上げられ、黒煙を纏って力無く落下してくる。 「昼に見た奴よりも小柄だな。あれならなんとかなるんじゃねぇのか?」 追撃はせず、再び柄の先に業火を灯すアレックスは、自らの背後で身構える二人に発言を投げかけた。 業火の渦に焼かれ、黒煙をあげて落下した幽鬼は、彼らの前方十メートルほど先の地面に激突し、うつ伏せとなっている。
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