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紅蓮に煌めく刀身を片手に、素早く駆け出したアレックスが、一瞬の内に玄関と廊下を通過してリビングへ侵入。
そこから左腕を振り上げ、椅子に座ったまま足を組むエボニーナイトへ斬りかかる。
だが、
「グルルル……」
突如として獣の唸り声が発生。その原因をアレックスが視認する前に、彼の行く手を塞ぐようにして異様な紋様が刻まれた灰色の魔法陣が浮かび上がる。
そして、
「グルルォオオァ!」
宙に浮かんだ魔法陣の中心から、灰色の狼男が姿を現した。
「なん……!?」
アレックスは驚きを表情に滲ませるが、構わずに紅蓮の刀身を振り下ろす。
しかし、灰色の魔法陣から上半身だけを飛び出させた狼男は、両手に生え揃った鋭く長い爪で刀身を受け止め、正面から弾き返す。
「いいタイミングだ……グレイウルフ」
自らに迫るアレックスを後方に押し退けた狼男に向けて、未だ動く素振りをみせないエボニーナイトが褒めるようなつぶやきを送る。
「……”超人”じゃない?」
アレックスを止めた後で、魔法陣の内部から這うように全身を出し、リビングに立ち尽くす狼男が、意外そうな口調で声を漏らした。
彼は相手の姿をよく確認する前に、迫る攻撃への対処を行ったようだ。
(狼男……? リンジーが言ってたのはこいつか)
廊下まで押し飛ばされたアレックスだが、すぐに体勢を整えて敵の姿を眺め、思考を巡らせていく。
灰色の体毛に全身を包み、頭部は狼そのもの。鋭い牙と爪を持ち、本来は失われているはずの右腕が生えている。
一目で覚える違和感は、だらりと下がった両腕にあるだろう。直立した状態でも、手の甲が床につくほどに長く、肘の先からは細くなっているが、五本の指それぞれに鋭い爪を持つ手そのものは、人間の頭を握り潰せるほどに巨大だ。
ルーベンとロベリアが扉を修理する為に納屋へ向かっていた際に、リンジーからの役目を請け負うと約束したアレックスは、”超人”が持つ倉庫番衆の情報を簡易的に聞いていた。
インフィニティ幹部候補、ゲイリー・ベルスタッド。倉庫番衆の一人であり、その戦闘力は警戒に値するものである。
「どういうことだ……?」
獣のそれとなった頭部を回したグレイウルフは、肩越しに後方のエボニーナイトへ視線と質問を送る。
「ここは”超人”の拠点じゃなかったのか?」
「お前は獣だから鼻が利くだろう? お目当ての連中は外にいる。質問するなら、しっかり確かめてからにしろ」
どうやらグレイウルフは、まだ場の状況全てを理解しているわけではないようだ。
が、
「グレイウルフか……!」
民家の外で、アレックスの攻撃を見ていたルーベンは違う。現れた男のコードネームをつぶやき、まだ隣に立つリンジーへ顔を向けた。
「魔法陣での転移能力……こっちの索敵を免れた理由はそれね」
続けてルーベンが何かを言う前に、納得したような口調でリンジーが言葉を返す。
グレイウルフに転移能力があるということは、以前の襲撃で判明していた。
問題はその規模であったが、誰にも気づかれずにエボニーナイトを民家に侵入させたことから、かなりの遠距離からでも転移が可能だということがわかる。
そしてそれが、さらにグレイウルフの脅威度を上げる結果となった。
「もたもたしてたら幽鬼が来るわよ?」
会話を交わし、各々で思考を回す二人を見て、暴風に乗るロベリアが催促を飛ばす。
「エボニーナイトだけならまだしも、狼男まで相手にするのは危険だわ。まだ向こう側に援軍がないとも限らない」
すぐに口を開いたリンジーは、ルーベンへそう言い放つ。
エボニーナイトが現れた以上、彼女達が離脱することは確定している。そしてリンジーは、ルーベンやアレックスをも離脱させるべきだと考えているようだ。
「幽鬼も残り四体……かなり分が悪いわよ?」
「しかし、もはや”大火事”は止まらないだろう。エボニーナイトが目の前に現れてはな」
「なら、あんただけでも離脱しなさい。元々、こっちの戦力に騎士は含まれてない。失っても関係ないわ」
ルーベンが言葉を返すと、リンジーはアレックスをこの場で見捨てるよう指示を出す。
最初から彼女は、アレックスを殺すつもりだった。今の状況を利用すれば、自らの手を汚さずに済むという判断だ。
「悪いな。止まらないのは今の私も同じだ」
しかしルーベンは、リンジーの指示に従う意をみせない。
彼女から次の言葉がある前に、木槌を握りしめて民家へと突入していった。
「本ッッ当に……馬鹿野郎ね!」
その行動と選択に、心底呆れ果てるリンジーは、辺りに暴風が吹き荒れる中でロベリアに顔を向け直す。
「仕方ないわ……私達で幽鬼を始末する。その後で隙を見て、ルーベンだけでも回収しましょう。多少、強引な手を使ってもね」
「わかったわ」
リンジーからの提案を、ロベリアが承諾。
次の瞬間にロベリアが上空高くへ浮上し、リンジーが周囲の鎖を束ねて巨大な鞭を増やしていく。
幽鬼を始末しなければ、ルーベンとアレックスに勝ち目はない。あくまでも離脱を優先したいリンジーだが、現状は戦闘体勢を取るしかなかった。
(でもなぜエボニーナイトが……? どうも納得いかないわね)
リビングの様子を確認し、考えを巡らせる。
この場にエボニーナイトが現れたという違和感を、彼女はまだ拭えていない。
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