切り裂き紳士

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「”灼熱兜割り”!」 リビングでは、アレックスとグレイウルフの攻防が開始していた。 紅蓮に煌めく刀身を両手で振り上げ、間髪入れずに前へ踏み出し、垂直に勢いよく振り下ろす。 それを、両手に生え揃った爪を交差させて受け止めるグレイウルフ。派手な衝突音が鳴り響き、辺りに無数の火の粉と衝撃を散らすが、紅蓮の刀身は標的を両断することはない。 「固いな……”七色舌”か?」 業火の刃と獣の爪による鍔迫り合いの中で、アレックスは感心するように声をあげた。 「誰かは知らんが、”超人”に味方するなら殺すまでだ」 言葉を返すグレイウルフは、両の爪を交差していた状態から強引に腕を振り抜き、再度アレックスを後方に押し飛ばす。 「そいつは騎士のようだぞ?」 未だ椅子に座って足を組むエボニーナイトは、目の前に立つグレイウルフへ情報を提供。 その後で動き出すかに見えたが、単にテーブルへ頬杖をつくだけに終わった。 「さっさと片付けろ。お目当ての”超人”もすぐそこだ」 続け様にエボニーナイトがつぶやくと、外から走ってきたルーベンがリビングに侵入。 「グルルォア!」 直後、グレイウルフが大きく口を開け、鋭い牙が並ぶ口内に小さな魔法陣を描く。 そこから飛び出すのは、獣の咆哮そのものを圧縮した砲弾だった。 「くッ……!?」 狭い廊下を通過してきたばかりのルーベンに、それを回避するだけのスペースはない。 とっさに木槌の側面で防御するも、激しい衝撃に襲われて後方へ大きくふき飛び、またしても玄関から外へ出てしまう。 「騎士というのは、月光修道会の戦力か。そんな奴らが、”超人”に協力するとは」 出現させた魔法陣を噛み潰すように口を閉じたグレイウルフは、ふき飛ばしたルーベンへの追撃は仕掛けずに、まだリビングに立つアレックスへ鋭い眼光を向け、発言をこぼす。 「俺はそこのゲス野郎を殺したいだけだが、邪魔するなら容赦はしねぇぞ? 狼男」 紅蓮に燃ゆる刀身の先をグレイウルフに向け、額に無数の青筋を立てて言い放つアレックス。 すると、 「チッ……」 エボニーナイトが座る椅子の下から、鋭利な先端を持つ土の柱が床板を貫き、真っ直ぐに飛び出してくる。 寸前で気づいたエボニーナイトは、小さく舌を打つと素早く横へ跳び、土の柱で串刺しとなることを回避した。 「……噂の地形変化か」 避け様に立ち上がったエボニーナイトは、土の柱に貫かれた木製の椅子を眺め、不敵な笑みを浮かべてつぶやきを漏らす。 「状況はどうなっている?」 「見ればわかるだろう?」 グレイウルフからの質問に、肩をすくめて言い返すエボニーナイト。 状況が整理できていないのは、余裕をみせている彼自身も同様であるようだ。グレイウルフに比べて困惑の色を表情に出さないのは、ある程度予想していたからなのだろう。 「クソ……スライサーめ、来いと伝えたはずだぞ」 エボニーナイトからの返答を聞き、ようやくグレイウルフは状況の整理が少し進んだ。 彼らが戸惑っていた理由は、場にいるはずの人物がいないからである。ここに呼び寄せていた男は、幽鬼が来るよりも早く”超人”の拠点を襲撃するはずだった。 「お前からの指示じゃ、あれはまともに働かないというわけだな」 「だから俺は、エボニーナイト直々に指示を出してもらうように言ったんだ! それを奴は……」 「おっと、間抜けか? それ以上は喋るな」 エボニーナイトは冷静にグレイウルフの発言を遮ったが、今の会話にはどう考えても拭えない違和感がある。 (奴……? エボニーナイトは目の前にいるだろ?) しっかりと会話に耳を傾けていたアレックスも当然、今の違和感を聞き逃していない。 「その姿になると、知能も獣並みに成り下がるのか? お喋りは後だ。さっさと仕事を片付けろ」 「いや、お喋りしてもらって構わねぇぜ? もっと詳しく話してくれよ」 グレイウルフへ指示を出すエボニーナイトへ、アレックスは挑発的な口調を浴びせる。 「どういうこ……」 「グルルルルァアアア!」 しかし続きの挑発を送る前に、唸り声をあげたグレイウルフが飛びかかっていく。 「……っと!?」 凄まじい速度で跳躍したグレイウルフは、宙空で素早く体勢を反転させて天井を蹴りつけ、アレックスに接近。 「”灼熱一閃”!」 廊下への出口のすぐ横に立っているアレックスに、回避の選択は取ることができない。 だが、紅蓮の刀身を伸ばすことで刺突を繰り出し、真っ向からの迎撃を仕掛ける。 「……グルルルルル」 しかしグレイウルフは、自らの胸部に灰色の魔法陣を展開。そこに突き刺さるはずだった紅蓮の(きっさき)は彼に届かず、転移能力の影響を受けて魔法陣の内部に入り込んでしまう。 その出口は、いつの間にかアレックスの足元に浮かび上がっていたもう一つの魔法陣であった。 「うぉ……!?」 自分が伸ばした刀身が、魔法陣を通って自分に返ってくる。 が、紅蓮の刀身はアレックスの腹部に突き刺さる寸前で砕け散り、宙に無数の破片をばら撒くだけに終わる。 「……残念だったな。”七大秘刀”の刃が持ち主を傷つけることはない」 無傷のアレックスは嘲るように言い放つが、展開した魔法陣を消したグレイウルフの勢いは尚も止まらず、天井から彼の眼前に迫っている。 転移能力を利用した攻撃は凌げても、刀身を失った状態でグレイウルフの猛攻は捌けない。 「……なら、こちらで直接殺すだけだ!」 アレックスの脳天に目掛けて、右手の爪を勢いよく振り下ろす。 その時、砕け散った刀身の破片が業火に戻り、アレックスの左手に収束。 「それも無理だな、”怒炎管・線”!」 集めた炎に燃え上がる手で指を差すと、すぐ様に熱線が放出される。それを容赦なく、眼前に到達したばかりのグレイウルフへぶつけた。
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