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「グフッ……ォオオアアッ!?」
至近距離からの熱線を狼と化した顔面に受け、自らの勢いも仇となったグレイウルフは、宙空を回転しながら大きく弾き飛ばされてしまう。
彼が向かう先には、エボニーナイトが立っている。双方がこのまま何もしなければ、派手に激突して両者共に部屋の壁を突き破り、外の庭へとふき飛んでいくだろう。
「……グルル!」
が、グレイウルフはエボニーナイトにぶつかる寸前で灰色の魔法陣を展開。内部に入り込むことで姿を消し、宙に描かれた魔法陣も間を置かずに消え去る。
そして、
「ぐッ……!?」
再びグレイウルフが姿を現したのは、アレックスの背後だった。
「……しまった!?」
壁を背にしていたアレックスは、後ろからの攻撃に注意を向けていなかった。出口となる灰色の魔法陣は壁面に浮かび上がっており、そこから熱線に弾かれた勢いを維持したままのグレイウルフが現れ、派手に激突。
あらぬ体勢でふき飛び続けるグレイウルフは転移することが精一杯だったようで、アレックスに対して効果的な攻撃を見舞うことはできなかった。
それでも二人は共に、リビングをかなりの速度で進むことになる。その行く手に立っているのは、先程と同様にエボニーナイトだ。
「クソッ……!」
背後からの衝撃によって、前方へ進むアレックスは慌てて紅蓮の刀身を形成していくが、少し遅い。
「……俺の手を煩わせるなよ」
呆れたため息をつくエボニーナイトの右腕が、一瞬にして膨張。肘から先だけを巨大化させ、拳を握りしめる。
それは人間の拳の形状をしているが、膨らんで巨大化した部位は白く染まっており、激しく流動しているようにも見えたが、刹那の内に固まった。膨張によってスーツの袖も破られることなく、否、スーツの袖ごと膨らんだようにも見える。
(憑依型……? それも部分憑依……いや、”狂った黒檀”の秘宝は秘紋型のはずだろ?)
目の前の光景に思考を注ぐアレックスだが、そんなことをしている状況ではない。
エボニーナイトは膨張して白く染まった拳を勢いよく振り抜き、アレックスを弾き返す。
「ガハッ……!?」
迫る拳と自身の顔との間に形成途中の刀身を挟み込んだアレックスだったが、凄まじい衝撃を受けて鼻と口から鮮血を垂らし、今度は逆方向である玄関へとふき飛んでいく。
「……グルルル」
依然としてリビングを進むグレイウルフは、近くにある土の柱に左手の爪を突き刺すことで自身の勢いを止め、エボニーナイトの傍らに着地。
「さっさと殺して来い」
「グルルァ!」
巨大化し、白く染まった腕を元に戻したエボニーナイトの指示に従い、グレイウルフは玄関から外までふき飛んでいったアレックスを追っていく。
「ぐぉ……ぉッ……!?」
扉のない玄関口を通過し、背で地面を滑りながら外へ飛び出したアレックスは、勢いを利用して宙返りし、少しだけ積もる雪の上に両足で着地を決める。
その後で鼻と口から垂れる血を拭い、外の状況を確認する為に周囲を見回した。
すると玄関口の脇で、ルーベンが地面に片膝をついている。どうやら口からは血が漏れ出しているようで、必死に手を当てて押さえ込んでいた。
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫なわけないでしょ」
慌てて駆け寄ろうとするアレックスを、後方からの声が止める。
振り向けば、リンジーが立っている。周囲には無数の鎖を束ねた巨大な鞭が二本浮いており、彼女を取り巻くように回遊している。
「戦える状態じゃないのよ、言ったはずでしょ? エボニーナイトと戦うなら、あんたが主体でやりなさい」
どうやらルーベンは、先程にグレイウルフから受けた攻撃の影響で状態が悪化し、血を吐いて蹲っているようだ。
その後で遠距離から地形変化の力を使い、エボニーナイトを攻撃したが、リビングに戻る力すらも残ってはいないらしい。
「ああ、わかってる」
柄の先に業火を灯し、紅蓮の刀身を形成しながら答えるアレックス。
「冷静になったのなら、離脱も考慮しなさいよね」
「お前らは逃げないのか?」
「あんた達二人のせいで逃げられないのよ。幽鬼を始末しないまま私達が離脱して、勝ち目があると思うの?」
リンジーは再度の説得を試みたようだが、アレックスにとっては逆効果だった。
幽鬼という発言を聞いた彼の額には、またも無数の青筋が立つ。心の底から憎悪が噴き出し、表情が怒りに歪む。
「グルルルルァアアア!」
次の瞬間、玄関からグレイウルフが飛び出してきた。
彼が狙うのはアレックスでなく、玄関に最も近い位置に片膝をつくルーベンだ。
それを、
「”双尾”!」
周りに浮かべた巨大な鞭を操り、リンジーが阻止にかかる。
空中を蛇の如く蛇行して進む二本の巨大な鞭は、グレイウルフを挟み込むように左右から襲った。
「グルルルルァ!」
攻撃に気づいたグレイウルフは、ルーベンを狙うことをやめて高く跳躍し、”超人”が拠点としていた民家の屋根に降り立った。
そこから、リンジーに向けて大きく口を開き、魔法陣を展開させて咆哮を圧縮した砲弾を撃ち放つ。
「ていうか、こっちに連れて来ないでよ!」
アレックスから離れるよう横へ飛び退き、リンジーは文句を言いつつ回避する。
砲弾は激突した場所の地面を刳り、炸裂して小さなクレーターを作った。
「すぐに殺すさ……俺の邪魔をするならな」
硝煙のあがるクレーターを見つめ、憎悪に満ち溢れた表情をグレイウルフに向けたアレックスは、自らの懐に手を入れて小さな宝石を取り出した。
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