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帆波コウ、二十六歳。大学卒業後、TOKYOシステム株式会社に就職して四年目になる。学生時代から希望していた就職先であり、仕事に関してなんの不満もない。ホワイト企業なので残業はほぼ無く、あっても月に十時間程度。会社カレンダーで百二十日の休みもある。年末年始、ゴールデンウィーク、盆休みの時は一週間以上のまとまった休暇ももらえる。
コウはセキュリティ部門に属しており、現在は法人向けのウイルス対策セットの販売サポートを担当している。TOKYOシステムは、コンピュータが今ほど一般的ではなかった1980年代からウイルス対策ソフトの研究開発に取り組み、1992年に現在の部門を立ち上げた。
いい会社である。転職などありえない。ありえないのに、毎朝通勤するのが憂鬱になってしまう。原因はわかっている。わかっているが、認めたくない。コウはまた、己が迷路に入り込み、鬱々と考え込んでしまっているのに気付いてブンブンと頭を振った。
ダメダメ。今日はミスターJに会えるんだから。楽しいことだけ考えよう。
帆波コウの持って生まれた性質はSub《サブ》である。自覚したのは思春期を迎えた十四歳の頃。
人間には第一の性である男女の区別だけでなく、第二の性がある。ダイナミクスという力量関係による性だ。これは本能からくる欲求で、Domに生まれればコントロール(支配)したいと、Subに生まれればコントロール(支配)されたいという欲求にかられる。
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