3時は止まる

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3時は止まる

古めかしい時計が3時を指し、ボーンと重低音を鳴らす。小学生にもなっていない時はこれが怖くて仕方なく、1時間ごとに外に出ていたのだ。小さい女の子が外に出ることが許されない夜なんかは地獄だったのは言うまでもない。 ああ、出てきた出てきた。どうやらまだ私にはその姿をこの目に収めることが出来るようだ。 小さな体に可愛らしい顔。私が「妖精」と勝手に呼ぶそれはわらわらと現れては時計の周りに集まってきた。むき出しの時計の針に触れると、長い方の針の3分の1程の体で一生懸命その時計の針を止めようとしている。 まだ時計の時報が怖かった頃だろうか。3時になると母と一緒にささやかなお茶会をするのが常だった。そのあとはゆっくり昼寝。その間に母は私が居ると進まない仕事を効率よく済ませていた。 父は長らく単身赴任で、母も共働き。ほとんど家族と触れ合える時間が少なかった幼少期に、この3時のお茶会で確かに私は愛を知ったのだ。 お茶会には似合わない豪快な笑い声や今になって考えると盛ったとしか思えない母のお話。もう茶菓子や紅茶、ジュースは出てこない筈なのに何故か鼻腔をくすぐる甘ったるい香りがする。 時々出てくるこの妖精は、母がいない3時に出てくる。今日のようにふっと出現しては時計の針を止めるのだ。 しかし妖精といえど時間を操れる訳では無い。あれらがやっているのは時計の針を3時から動かさないようするだけで、妖精が消えた後は、5分程遅れてしまった時計だけが残される。母はこれまた豪快に笑って、 「あーあー、また妖精? イタズラ好きの妖精も居たもんだ」 と私の話す突拍子もない設定に合わせて時計を直してくれた。 そういえばお茶会が出来なかった日の母は、仕事から帰ってから真っ先に時計を確認しに来たっけ。そして時計の時間を元に戻しながら、一緒に居れなかった時間を元に戻すように私と母は沢山の話をして笑った。 気づけば2秒ごとに秒針が大きくなる独特の音が耳を通り抜けている。成程、あの妖精は私の母との時間を少しでも増やしてやろうと頑張ってくれたのか。 2人の幸せの象徴だったちょうど90度の安寧を壊さぬように。少しでもその美しい直角が曲がらぬ様に。 お菓子でも作って母にお供えしてあげようかなと私は静かに腰を上げた。
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