三章 勇者と偽勇者と恩人勇者

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 ──後日談。 〝魔王様が帰らない〟  言葉も残さずに消えたまま夜が明けても戻らない主に、魔王城の上層部はにわかにざわめいていた。  事件の全貌が広まるよりも早く城を飛び出したせいで、城に残ったのは人間国の方向に走り去ったという情報だけだったのだ。  半日で国境を越えられる速度。  目視できる魔族はそれほど多くない。  魔王が泣く姿を初めて見た物見が幻だと思い込んだのも仕方がないだろう。  他国に逃避行をした魔王の過去を知っているのは、ライゼンを始めとする上層部のごく一部の人だけである。  歩み寄る彼の変化に気づき、理由を尋ね、本人に仏頂面を見違えるほど緩めながら語られた人しか知らない過去だ。これもまた、仕方がない。  魔王不在にはすぐさま箝口令が敷かれ、幹部会議が開かれた。  人間の両手の指の数ほどもいない彼らは、口々に話し合う。  ──まさか、また心が限界を迎えたのか?  ──いいや。指針を一つ決めてからは、ブレずに彼らしくひた走っていたはずだ。全てに臆病にはならないだろう。  ──ではよもや勇者に敗北し、囚われてしまったのか?  ──ないとは言えない。彼の唯一の弱点である人間の恋人が共にいなくなっているのなら、人質にでも取られた可能性はある。  ──もしもそうならば許せない。  幹部たちは唸り、燃え、隆起し、牙を剥き、戦慄き、逆立て、揺らぎ、吠え、人ならざる姿で怒りを顕にした。  一対一の真剣勝負に負けて囚われたならばよかった。  幹部でなくとも魔族なら皆、負けた魔王に見切りをつけただろう。相手が他種族でも、魔族から見ればそれは決闘だ。  しかし人質というのは、どうもスマートではないじゃないか。  簡単に言えば〝カッコつけ〟。  もっと言えば〝意地っ張り〟。  それが魔族という生き物である。  ただの戦争や殺し合いならなりふり構わないものの、自分の要求をかけた決闘は純粋な力と力のドヤ顔勝負だ。  卑怯な手を使っても構わないが、第三者を巻き込んで無力化するとはとてもカッコよくない。全魔族がブーイング間違いなし。  ──正々堂々とした決闘でなかったのなら、軍を動かせばいいものを。  空軍長官が尾をくねらせ、そうごちた。  単独で動く必要はなかったはず。  宰相がため息を吐く。  魔族の特権。カッコつけと意地っ張りは、彼らの主の得意分野でもあった。  早朝の会議は捜索すべきかもう少し待つべきかを話し合い、深刻な空気を醸し出す。  しかし突然──ドゴォンッ! と轟音が響いて会議室の壁が崩れ落ち、晴れた青空が強制的に各員の視界に広がった。 「グルアァァァァッ!」 「なに言ってんのかわかんねェぜオラァァァァァァッ!」  暴力的なまでの青空を生み出した犯人と思しき者たちの怒声が響く。  壁にめり込んだ黒い巨狼がパラパラと欠片を崩しながら、建物や瓦礫を足場に飛びかかってくる凶悪な目つきの人間に応戦する。  ちょっと待て。  魔法は使っていないようだが、自前の鎌を振り回しているのは、もしかして探し人である我らが魔王様ではないか?  目の前の光景を認知し、幹部全員の脳裏に直視したくない現実が浮かぶ。  ということは、あの斬り合っている人間が誘拐犯である勇者ということになる。  喜々として斬りかかるのを見るに、恐れ知らずにもほどがあった。  しかし間を置かず、浮遊する結界魔法陣に閉じ込められふよふよとその大穴の前を横切っていく、男の姿。 「ふふふ。アゼルもリューオも、楽しそうだな。きっと気が合うんだろうな」  ああいかん。名前を言った。確定だ。あれが我らの魔王様だ。  決定打を与えられた幹部たちは、無言のままガタガタンッと立ち上がり、静かに日常へと散っていくのであった。  なお、余談。  魔王城のお母さんことライゼンにより、シャルとアゼルとリューオは正座をさせられお説教を受けた。 「まったく魔王様はどうしていつも一人で解決しようとするのですか! ガドの一匹や二匹でも連れていっていれば人間領土の森で夜明かしすることなく問題発覚前に夜行ドラゴンで帰ってこられたというのに!」 「俺の問題を俺が」 「王の問題は家臣の問題ですが!?」 「ぎゃふん」 「ま、まぁまぁ」 「シャルさんもシャルさんです! 殺し合いを見守る前にもっと取り乱すべきですし魔王様に言えないパターンなら私どもに相談してください! 玉座の間へついて行く必要はありません!」 「おっ俺はその、まずは勇者と決着をつけなければいけないし、俺の都合で割り込むなんていけな」 「殺し合いなんていつでもできるでしょうッ!」 「ぎゃふん」 「出かける時は行き先を告げ帰る時間を明確にしなさいッ!」 「「ぎゃふん……」」  ド正論で散々に叱られ、肩を丸くするアゼルとシャル。  それを横目に、どちらかと言うと魔界が出先なのになぜ怒られているのかわからないリューオは、正座をしながら一人ごちる。 「こりゃあ、あの魔王様にしてこの国ありだな……」
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