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理由には納得したが、良しとするかは別問題。
殺されなかったことは喜ぶべきかもしれないけれど、血が目当てなだけならやはりもの悲しい。
俺のまだいくらか残っている長い寿命の残りを全部小さな檻の中で血液タンクにされて過ごすなんて、まっぴらごめんである。
根っから社畜の労働者だが、悲観主義でも卑屈でもないのだ。
それ目的に飼われるのだとしても、雇用形態ぐらいはちゃんとしてほしい。
でなければいい加減長期休暇……具体的には、天国あたりに旅行したくなる。
「ちょっといいか? 魔王」
「ほあっ、なっなんだ?」
しばし思案した俺は檻の鉄格子に片手をかけ、ちょいちょいと魔王を手招きした。
不意を打って呼ばれた魔王はビクッと肩を跳ねさせて奇声を上げたが、繕いようはないのに取り繕う。
ギシ、とベッドを軋ませ、身を寄せられる。無駄のない筋肉を纏う均衡の取れた体躯が、手を伸ばせば触れ合えそうな距離にあった。
艶やかなオニキスの瞳が切れ長の目元に縁どられ、眼光から威圧感を感じてしまう。恐ろしい気がしたが、それでも美しい目だ。
近くで見ると、より整った容姿が目についた。強い魔族はより効率的に獲物を誑かすために、美しいのだそうだ。
昔聞いたそれに深く頷いてしまうほど、たしかに魔王は荒々しい美貌を持っていた。
「シャル?」
この芸術品に俺が切り刻んだ傷が残ってなくてよかったなぁ、なんてなんとなく思っている俺を、焦れた魔王が呼ぶ。
ん? 名前を教えたか?
記憶にないので少し引っかかったが、まぁいいかと放っておく。困ることはない。本名でもないしな。
装備がはぎ取られて袖のない薄い黒のインナーと革のズボンのみの紙装甲な俺は、自分の襟を掴み、グッと大きくはだけさせた。
「…………」
視認と同時に目を見開いて絶句する魔王によく見えるよう、鎖骨から首筋のラインをさらけ出す。
よくわからんが、吸血と言えばこのあたりだろう。てきとうだ。
「俺は一生ただ檻の中で餌にされるのは嫌だ。そうするのなら、今、心ゆくまで血を吸ってくれ」
魔王はなにも言わない。
石のように固まっている。
けれど視線が俺の首筋から全くそらされないので、これはもう少し押せばイケる気がする。ダメ押しの一手だ。
俺は自分の指でトントン、と鎖骨から首筋のラインを上へつついた。
「──俺を、吸い殺してほしい」
そしてできれば、来世は血生臭くないホワイトな企業に勤めたい。
ちょっと欲を出して神様に来世要求を付け足しつつ、魔王が「おもしろい! ならばお望み通りお前を殺し、血を啜ってやろう! ふははは!」とゲームでありがちな魔王感を出して食いついてくるのを、じっと待つ。
──が。
魔王は俺の予想に反して、硬直したままじわじわと肌を真っ赤に染め始めた。
ぷるぷると震えながら、魔王は耳の先から沸騰したゆでダコのように赤々と色づいていく。
「あれ?」
なにかおかしいぞ。
そう思った時には、時すでに遅し。
「は、ハレンチだぁぁぁぁぁあッ!!」
「ま、魔王様ぁぁぁあ!!」
魔王は両手で顔を隠し、叫びながら扉に向かって全力失踪して行ってしまった。
扉がバターンッ! と盛大に閉じる。
謎の絶叫を響かせながら猛然とどこかへ逃げ去った魔王を追いかけ、赤髪の彼も翼をはためかせてバターンッ! と退室する。
なるほど。だから魔王城は扉も大きいし、天井もやたらと高いのか。
走るイコール飛ぶ、な魔族もいるだろうからな。他種族対応のバリアフリーなのだろうな。
「いや……だからなんだったんだ……?」
ポカン、とはだけた服装で扉を見つめるマヌケな俺は、どうしていいかわからず、とぼけたことを考えてただ座り込むことしかできなかった。
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