二章 勇者兼捕虜兼魔王専属吸血家畜兼お菓子屋さんとは俺のことだ。

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 魔王城に来て早いことに、二ヶ月が経った。  アゼルはあれから、指先じゃなく首筋から吸血するようになった。  昼の空いた時間か夜にやって来て俺の体調を気にしつつ、前より遠慮せず吸ってくれるようになったのだ。  そして俺が毒に犯されると「責任を取る」と毒が抜けるよう手伝ってくれるようになった。  ……これはまぁ、不可抗力だ。  気持ち悪いだろうが、アゼルは俺のために頑張ってくれているからな。  おかげで他人の手で慰められることに、さほど抵抗感がなくなってきたのが悔やまれる。  毎日飲まなくとも問題ないらしい彼が頑なに日々通ってくるので、責任を取るために吸血しているのだろうか? と疑問を抱くが、まぁそんなことはないだろう。  本人がいいと言っているのだ。  善意でしてくれることを頑なに拒むほうが失礼だろうと、受け入れることにした。  それにたいてい吸血、責任、はすぐに終わり、二人で取り留めのない話をしている。  アゼルも俺もそれほどおしゃべりではないので、基本的には俺が質問をしてアゼルが語る流れが多いかな。昨日だって確か……。 『はっ……アゼルもう、ダメ、だっ……』 『ん、シャル、イクのか? いいぜ。……でもちょっと、く、口貸せ』 『ンン……っ!』  じゃない。間違えた。回想を間違えた。パフパフと自分の頭の上で手を振り、想像をかき消す。  記憶は消えないが、気持ちの問題だ。  気を取り直してテイクツー。 『アゼル……お前はどれだけ男のツボを心得ているんだ……? 美形の王様は相手に困らないだろうから、男も経験が……』 『ぬぁ……っ!? こ、このオタンコナスが! 魔王たる俺がいちいち男のシモの世話なんかするか! お前だけだアホが!』 『俺だけか。だとしたら手だけであの上手さはまさか……』 『!?』  と、このようにすれ違うことなく穏やかな雑談に花を咲かせている。  全くすれ違っていないだろう?  いやはや。俺の勝手なイメージだと魔王というものは酒池肉林を嗜んでいそうなイメージだったからな。  アゼルも来る者拒まずなのかと思ったが、そうでないならあの上手さは自家発電のプロフェッショナルなのだろう。  就寝時間前にやってきたアゼルとは、そんな話をして昨日は別れた。  なんとも平和な日々である。 「いやぁ、魔界……のどかだ」  ポムポムと生地を形成しながら昨晩の談話を思い浮かべ、俺は一人ほのぼのと呟いた。  ちなみに現在、俺が先ほどからなにをしているかと言うと、だ。 「うん、今日はなかなか出来がいいほうだぞ」  朝からせっせと作った大きな天板二つ分のクッキーを眺め、満足気にニコニコと笑っているところである。  ふふふ、ご機嫌麗しいぞ。実は俺は、魔王城で新たな職に就いたのだ。  その名も〝お菓子屋さん〟である。
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