三章 勇者と偽勇者と恩人勇者

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 三白眼を見開いてガン見すると、見覚えのあるそれが昨日の午後にやり合った時に見た魔王の武器だと気づいた。  とくれば、犯人は必然的にその魔王。  視線をズラすと、爽やかな朝に似合わない仏頂面で少し離れたところにしゃがみこむ魔王が俺をジロリと睨んでいた。 「朝だ。静かにしろよ」  別に乱暴な形相でもない。  なのに目を細める視線運びが冷たいものを感じる、真っ黒な瞳。  わざとなのか常時発動型スキルなのかは知らねぇけど威圧感のある魔王は、魔法耐性スキル持ちでそういうのが効きにくい俺でも多少身構えてしまう。  とはいえ、それに怯えるリューオ様じゃあねェ。なぜなら負けず嫌いだからだ。  文句あんのかコラ。俺がナンバーワンだろ。 「テメェ早起きすぎんだろジジイかよッ」 「別に、寝てねぇだけだ」 「あと起こし方物騒すぎるわッ。普通に肩叩いて起こせやアホかッ」 「お前がアホだろ。身体強化使ってない人間を俺が叩くとうっかり取れるだろうが。これだから脆弱種族が……」 「おやすみからおはようまで暮らし見守んなッ。人間舐めてんのかッ。取れねぇよッ」  視界の端でスヤスヤと眠るシャルを起こさないよう、言われた通りに声をひそめつつ反射的にツッコミを入れた。  ツッコミには無反応。シャル相手とは違い愛想がない。不遜な野郎め。  あくびを噛み殺してその場に座る。  昨日は俺を警戒してツン全開だった魔王だが、今朝は素っ気ないながらも一応会話は成り立つみてぇだな。  ヒュルヒュルと鎌を引っ込めた魔王は、ムスッと口元を曲げたまま本題に入る。 「お前を許したのはシャルがお前を許したからだ。昨日言った通り、もう不問にしてやる。城に住むのも、イイ」  それだけなわけない。  いちいちシャルが寝ている間に起こしてまで、俺に言いたいことがある。 「ケッ。それで?」 「二度目はない」  冷たい声がキッパリと断言した。  マジでコイツ、シャルと俺で温度差あり過ぎだろ。これをツンデレとか言ってのほほんとしていたシャルに本性見せてやりてェ。  ムカつくので黙って睨む。  するとそっぽを向いたまま横目で俺を睨んでいる魔王は、フンッと鼻を鳴らした。 「昨日散々ほざいていたお前はわかっているだろうが、俺はシャル贔屓な恋狂いだぜ。俺をバカにするのも優しくするのも喜怒哀楽の温度ですら、全てシャルの管理下にある」 「あぁん?」 「うっかり殺されたくねぇだろ? 俺はシャルに関わると加減できねぇから、お前が生き方を心得ていろ。勇者」  ……なるほどな。  とどのつまり、魔王は俺に興味があまりないが、シャルに関わる人物として釘は刺しておこうとしたらしい。  俺の手足が取れないようにそっと起こしたつもりの魔王は、一応の優しさを見せているつもりでもある。  つかコレツンデレとかいう次元か?  昨日ギャン泣きしてンの知らなかったら普通に喧嘩を売られてると思うとこだぜ。とんでもねぇ不器用野郎だ。  本人の言う通りシャル至上主義の危険人物だと、納得する。  されど、頭に血が上るのだ。 「シャルに手を出す気はマジでもうねぇよ。だけどな、魔王。テメェは駄目だ」 「あぁ?」 「俺はまだテメェに負けちゃいねぇかンなッ! 俺を殺すのが簡単的なオーラ出して脅迫されンのは困るぜアホ魔王がッ!」 「はっ?」  俺が木の幹に立てかけていた聖剣を手に取って吠えると、シャルがいなければ常に仏頂面の魔王が、初めて表情を崩した。  だがここは譲れねぇ。  俺はクソ負けず嫌いなんだッ!  シャルを傷つけようなんざ一ミクロンも考えちゃねぇけど、ポンコツ魔王との勝負は預けたままだろッ! 無効だッ!  聖剣を振り回し切っ先を魔王に向け、ツンツンのお返しに威嚇する。  魔王はそれを見てしばらく理解できないように目玉をぱちくりしていたが、次第に眉間にシワを寄せ始め、俺を睨みグルルと猛犬宜しく唸った。オウオウオウオウやんのかコラ。上等だわ。 「事実だろうがッ。実力差もわからないのか死に急ぎ野郎めッ。弱者は強者に絶対服従が常識だぞ」 「それは魔族のだろッ! 俺人間だからわからねェなァ〜〜ッ? 魔王だからってビビってもらえると思ったら大間違いだぜオタンコ茄子ッ!」 「な……ッ!? チッ、ならお前はこの俺が今ここで打ちのめしてやろうじゃねぇか!」 「ハッハーッ! かかってこいよ泣き虫魔王がッ! リア充爆発推奨のリューオ様が木っ端微塵にしてやらァッ!」  ──カァァンッ! と脳内で鳴り響くゴングの音と、お互いの間に浮かぶVS。  早朝バトルは、大惨事。  この一件により魔王の中で〝あまり興味のないお騒がせ人間〟だった俺が〝いけ好かない脳筋クソ馬鹿勇者〟に認識を改められることになったが、毛ほども嬉しくなかった。  その衝撃で目を覚ましたシャルがミラクルのほほん回路を炸裂させて「リューオ、もうアゼルと打ち解けたのか」と和んだせいで戦闘は収束したが、不名誉な勘違いは一刻も早く正すべきだろう。  だけど、まぁ……真っ直ぐなコイツ等となら、陰謀渦巻く人間国より魔界は割と楽しいかもしんねェわ。  そういうわけで、オラオラよろしく。  勇者、魔界に無期限居候するってよ。
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