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心に響く言葉
“突然ですが、皆さん、今日まで賄いの手伝い、本当にご苦労様でした。今しがた、海軍司令部様からご伝言を頂戴しました。”
その言葉で、手伝いの者達に強く動揺した気持ちが沸き上がります。絢子も、胸が裂けそうになりました。
~~~~~~~~~
「どうして?、もう手伝えなくなるから?」
「違う違う、兵隊さん達が戦地におもむくことになったからよ。決して戻ってくることのない、死への出陣なのよ。」
玲奈は言葉が出なくなりました。
~~~~~~~~~
庄屋の女将は、皆に話を続けます。
“私共がお世話させていただいている城田様達を含め、地域の全基地の特別攻撃隊に出撃の神命が下されました。必ず多大なる戦果をあげ、我が皇国を勝利へと導いて頂けることでしょう。折角ですから、今日作っている夕食は、戦勝を祈願し私達で有り難く戴きましょう。”
その夜、手伝いの皆は、必勝と記されたはちまき、たすきをして、兵隊達に作った夕食をいただきました。米を食べるなど、これまでに長いことありません。美味しいねって楽しく食べるところですが、まるでお通夜の様に、全くお互い話をせずに、俯きかげんで口にご飯をほうばっていました。すると、その様子を気にかけたのか、庄屋の女将が絢子に話し掛けて来ました。
“食べ終わったら、それぞれのお部屋のかたずけをしますね。”
皆、こくりと頷いています。
「それでね、絢子ちゃん、ちょっといい?」
「はい、何でしょうか?」
「実は、黒田様から言づてをもらっているの。」
「こ、言づてですか?」
返事をする絢子の声は、涙声でグシャグシャです。
「机の引き出しに入っているから受け取って下さいってね。」
「引き出しに?」
手伝いの者達が話を付け加えてきます。
#“絢子ちゃん、黒田様を好きだったからね。”“よかったねえ。”
“えっ、そっ、そんなこと。”
#“知らぬは本人ばかりなりだね。”“娘の時は好きな人が出来て当たり前、私もね隣村の潔さんが好きだったもんね。”“あら、あんたもね。背が高くて、気さくな人だもんね、憧れてたね。”“でも、結局、安江ちゃんと一緒になったもんね、悔しい。”
# アハハハハ
そうして、黒田のいる部屋に入り、机の引き出しを開けてみます。きんちゃく袋と一通の手紙が入っていました。
黒田の文面
~黙っていてごめんな。明日、出撃命令が出ることが分かりました。西洋で信仰されている大切な神様が生まれた記念日に決行なんだ。そこで、警戒が薄くなるだろうことを予想して攻撃する。そんな姑息な作戦を使ってまで戦わねばいけないのか、疑問に思うよ。巾着に入っている物は、還りの札というものだよ。願いをかければ、あらゆるものを元に戻すことが出来るといわれている。戦争の無い時代に戻り。戦地に行った仲間達も無事、日本に戻り。そして絢子ちゃんが家族のもとに戻り、総てが幸福になってくれと願っている。自分のことは心配しないで下さい。死んだとしても、先に空襲であの世いる家族のところに戻れるから。それよりも、一緒に飛び立って行く仲間達が不敏でならない。誰も、軍のため、皇国のために死んで行こうとする者などいない。皆、これは妻、両親、家族のためにと無理矢理悟ろうとしているんだ。短い間だったけど、死に物狂いで行った厳しい訓練の間、君と話した時間は、自分が生きていた大切な証となりました。明日の未明に、沖縄に向かう敵の大艦隊に向かって飛び発ちます。最後にお伝えいたします。この不幸な時代を生き抜いて下さい。あなたのお陰でこの世に良い思い出が遺せました、ありがとう、それでは。~
泣きながらきんちゃく袋を開くと、確かに小さなお札が入っていました。部屋のかたずけを終えると、絢子は、ある決心をして帰ります。そうです、出撃を見送ろうと心に決めたのです。南の海岸までは10キロほどありますが、そこから沖縄を遠く臨む海が広がっています。海岸まで行けば、きっと、戦闘機の編隊が見れるのではないかと思いました。借りたランプを頼りに、夜中の田舎道を、とぼとぼと海に向かって歩いて行きました。
~~~~~~~~~
「凄いね、女の子独りで、真夜中の道を歩くって怖かったでしょう。」
「それがね、月が電灯みたいに明るくて、周りの山並みが見えるほどだったから、以外と平気だったのよ。」
「絢子ちゃん、度胸あるわね。」
「エヘヘヘ、そして、うっすらと夜空が白みかけた頃、海岸が見えてきたわ・・・するとね。」
「来たのね。」
「後ろの空の方からゴーゴーという沢山の音が聞こえてきたの。」
~~~~~~~~~
草むらをわけ入りながら進み、岸壁の先は海が広がっています。未だ日の出前で、薄暗く、波間の様子がハッキリとは分かりませんが、水平線上の空が次第に明るさを増していました。海風が強く吹いて、目が開けづらい程で、耳元でびゅうびゅうと通り過ぎていきます。その中で、後ろの方から聞こえて来ました。心を不安にさせるような重苦しく響いて来る機械的な音です。
絢子は、後を振り返ました。
すると山並みに重なるように沢山の黒い鳥の姿のものが横に並ぶように迫って来たのです。それは、爆撃機、戦闘機の大編隊。かなりの低空で飛んでいる様で、かなりの爆音です。
『あっ、来た!、来たんだ!』
そう思った瞬間。
# グオン、グオン、グオン
次々と絢子の真上を、日の丸の印のついた機体が通り過ぎて行きます。50機はいるでしょうか。
# グオン、グオン、グオン
更に次々と通り過ぎて行きます。耳の感覚が無くなるほどの爆音です。
『皆さん、無事に・・。』
絢子は最後くらいは本当の気持ちを込めて見送ることにしました。そしてちぎれてしまうくらい手を振り続けます。
『どうか、無事に帰って・・・』
死へ向かう若者達を見送る時とはどういう気持ちになるのでしょうか。
『無事でいて・・・ください。』
絢子は泣きながら、海へと飛び発って行った戦闘機達に手を降り続けていました。
~~~~~~~~~
玲奈は泣いています、ヒックヒックと息を戻しながら。
「そうだったの、辛かったんだろうね。今は平和だよね、何と無く日々を暮らしている私には到底想像もつかないわ。」
「その時の辛さは心から消えることは無いけどね。でもね、大丈夫よ、それから結婚して、家族ができて、こうしてプレゼントをくれる孫娘がいて、幸せなことも沢山あったからね。生きて来て良かったと思っているよ。」
「ありがとう・・・でも、今15歳のお祖母ちゃんから言われてると、何か凄く違和感があるけどね。」
「そうよね、昔、オリンピックで金メダル取った少女が似たようなこと言ってるのを見た時、そう思ったわ。」
「そうそう。」
# アハハハハ
ようやく落ち着きを取り戻した2人は、途端にお腹が空いて来ました。そこで、最寄りの駅ビルに近頃入った人気のピザ屋に行くことになりました。
今ではどこにでもある街の風景なのでしょうが、駅ビルの中は、色々な店が並んでいて、お洒落をした沢山の人々が行き交っています。その様子を見ていると、先程の話がまだ頭に残っているからでしょうか、玲奈は不思議な感覚になっていました。
“へえ、こんな感じなんだ。素敵だね。”
店内は、砂状のざらざらとしたモルタル、扇のような鏝の跡で模様を着けたスタッコの壁とアーチ型の天井、そこに焦げ目を付けた化粧梁が見えています。床には赤茶色の陶磁器タイルで埋め尽くされ、趣のある色彩にアレンジした、本場イタリアの名店を意識したお洒落な内装になっています。そして特筆するところは、カウンター席の傍に煉瓦を積んで造られた焼き窯が据えられていました。
「あの窯で本当に焼いているのね。あの口先まで詰め込んだ唐辛子が入っている瓶、辛み油ね。ピザは、定番のマルガリータにしようかしら、それともフォルマッジかなあ。」
呆れるほど食べる気満々です。
「ウフフ、そんなに頼んで大丈夫?」
「平気平気、大通りから見ながらいつも気になってたんだけど、此処って若者ばっかりでしょう。折角15歳になって堂々と入れたんだから、今のうち食べておかないともったいないわ、それからワインは」
「ダメダメ、今は未成年でしょ、75歳って言っても、お店の人は信じないわよ。」
「あっ、そうかあ、なんで20歳位にならなかったのかな。お酒は心の友なのに。」
「あーあ、これがさっき切ない初恋を語っていた少女なんでしょうかね。」
「それはそれよ。」“あっ、すみませ~ん、注文しま~す。”
並べられた結構な数の料理を味わいながら、2人は色々と思いつくままに会話を楽しむのです。
「歳を取ると、こういう脂肪の多い食べ物は身体が受け付けなくなるのよね。このパルミジャーノのまったりとした口に入れてる感覚、なんて幸せ。」
玲奈は絢子の若返った意欲に圧倒されています。その感無量な表情、幸せを味わっているんだと思わせるのに十分な様子です。
「良い顔してるわよ。ところでさっきの話の続きだけど、内容はだいたい分かったわ。要は大悟君に清貴さんの代わりをさせれば良いんでしょう?」
すると絢子は、その言葉に即座に反応しました。
「えっ、本当に?、私、もうこれでいつでもお祖母ちゃんに戻ってもいいかなって思ってたんだけど。」
「夜中に出た兎さんの話だと、絢子ちゃんの願いを叶えるって言ってたんだよね。ご主人様って、清貴さんね。なんかその兎、サンタクロースみたいだし、クリスマスに乗っかってそのプレゼントもらっちゃえば。」
「ん~でもなんか、願っていただけで叶えてもらえるって、虫が良すぎると思うんだけど。それじゃあ本当に子供のお伽話じゃない、他に何かあるんじゃないかと思うのよ。」
「願い事を叶える謎の兎さんね、で、その願い事って、何?」
そして翌日です。
“ええっ、マジ?、何にも聞かないで、従姉妹とデートしてくれって・・・言われてもね。”
最近探し出したスイーツ店で、玲奈は、絢子の願い事を実行しようと大悟に頼み込んでいます。
「絢子ちゃんていうの、若くて可愛らしい女の子よ、ほら、これを見てみて。」
玲奈は、大悟の顔の前に携帯電話で写した画像を差し出しました。
「あっ、本当可愛い、この娘なんだ・・・ちょっと幼いって感じ。」
「15歳よ。」
「ええええ、若い!、俺、中学生と話出来るかな、でもさ、よりによって24日って、折角のイヴの予定が、勝ち組の意味が無くなるよ。」
「何、勝ち組って?」
「あっ、いや、何でもないんだけど。」
“お待たせしました、オリジナルアールグレイミルフィーユとベルギーチョコシフォンケーキにカフェカプチーノ2つです。”
“来た~!、美味そう!”
早速、大悟は目の前に来た注文のケーキに、慎重にフォークを刺し入れて、口に運びます。
「う~ん、この口に入れたとたん、程よく甘い味がしたところに、後からついて来る紅茶の香り、堪らないね、あれ、玲奈ちゃん食べてないね。」
「こら、大悟、聞きなさい、15歳の女の子はもう大人の恋愛に興味が出てくるものよ、可愛い従妹が恋というもの正しく学ぶのに協力してくれないかな。私とは、クリスマスの日でお願い申し上げますよ。そうすれば約束の日に願いが叶うのよ。」
「約束?、願い?」
「あっ、いえ、何でもないわ。お願いだから一日彼氏になってくれる?、そしたら、良いことしてあげるから。」
「良いこと?、どんなこと?」
「それは、お・た・の・し・み。」
ということで、男の欲望につけ込まれてあっさりと陥落した大悟は、イヴの日に絢子と遊園地でデートをする企てにまんまと嵌まりました。
「でも、何と無く俺なんかで良いのかなって思うんだけど。」
「いい質問ですねえ、そこで提案があるんですけど。」
「提案?、どんな?」
「やっぱり後ろめたさを感じるんでしょう?、だから、別の名前を名乗るってどお?」
「そうかあ、玲奈ちゃん、賢い。カッコイイ名前かあ、翔、竜聖、拳雅とかどうかな。」
「だめだめ、そんなコミックじみた名前、バカにされてるって思われちゃうわよ。」
「じゃあ、玲奈様は如何でしょうか?」
「清貴がいいわ。」
「ん~なんか普通、というか、レトロってない?」
「いいのよ、絢子ちゃんが好きだった初恋の先輩の名前なの、イブの日は憧れのイケメン清貴で決まり、ヨロシクね。」
そうして12月24日。
少し寒さが強くなりましたが、そのお陰で空気が澄み渡り、絶好の天気に恵まれました。
「うわ~、凄い人だかり。清貴さん、あのツリーの下に行こうよ。」
「あ、ああ、でっかいクリスマスツリーだね。」
『でも、なんで俺が、この娘の初恋の人の役をやらにゃならないんだ。それに、何だか妙に言葉や仕草に変な時があるんだよな。私、今、ハッスルしてますね、とか言ったり、熱いものを触って、耳たぶをつまんだり、そういえば田舎の祖母さんがやってたよな。』
2人はアトラクションに乗ったり、ゲームをしたり、遊園地のデートのお決まりごとを過ごし、いつの間にか日は暮れようとしていました。小さな子供連れの家族はいなくなり、恋人達の憩う、甘い雰囲気に包まれて来ました。
「あっ、あのアベックが食べてる長ひょろい肉まんの様なもの、何?」
『あ?、アベック?。』
「えっ、ああ、焼売ドッグだよ、食べてみたい?」
「ええ本当に、食べてみたい。」
「じゃあ、ちょっとここで待ってて、買ってくるから。」
絢子に傍のベンチに座って待っててもらい、大悟は軽食のブースが並んでいるフードセンターに向かいました。
辺りはかなり薄暗くなっています。座って待っている絢子は、目の前を寒さに肩を寄せ合って通り過ぎる男女の様子を眺めていました。すると、右手の方から賑やかにクリスマスソングを演奏をしながら、仮装で行進してくる一団がやって来ます。
『あれ、聖者の音楽隊だわ。』
だんだんとこちらにやって来ます。すると、座っている周りにもこの楽隊を観に人が集まってきました。音楽は、聖者が町にやって来る、です。
# ♪ジャンジャンジャーン ジャンジャン・・・
軽快なジャズの調べが次第にはっきりと聞こえるようになり、心地よく耳に響いて、気持ちも弾みます。木管、金管楽器を演奏している様子が、目の前を通り過ぎていきます。そして、楽隊の最後尾が後にした時です。ベンチには、絢子の姿が見えなくなりました。
やがて大悟が両手に焼売ドッグを持って戻って来ました。
“絢子ちゃん、買ってきたよ。”
『あれ、居ない、トイレにでも行っているんだろうかな?、これ、冷えちゃうな。』
仕方がないので焼売ドッグを丁寧に包み紙で全体を覆うと、おもむろにコートの胸元を開けて、そこに忍ばせます。
『お、あったけえ、それに食欲をそそられるこの香り、絢子ちゃん、早く戻って来て。』
そう思いながら、大悟はベンチに腰掛けました。日は沈み、空はその残光によって黄金色のベールに包まれて、幻想的な景色を見せています。それとは対照的に様々にデコレーションされたイルミネーションが、園内を明るく照らし出しています。
“アハハハ、それでさ、健司が工事中のマンホールに落っこちてさ。”“うっそお、本当に?、馬鹿だね。”
そんな他愛ない会話をしながら、目の前を通り過ぎていく恋人達。
『俺、今年は本当に勝ち組なのかなあ?』
大悟は、何となく虚しさを感じていたのでした。
その頃姿を消した絢子は、やはり音楽隊の後を追っていたのです。そしてポップコーン屋台を過ぎて、音楽隊は人気の無い通りの終点の広場で止まると演奏を終わりました。
“皆さん、お疲れ様です。明日も寒くなりますが宜しくお願いしま~す。更衣室にホットチョコレート又はミルクを入れたポットがありますんで、召し上がってください。”“いやあ、嬉しい、遠慮無くいただきます。”
更新終了の労いの挨拶が終わると、音楽隊は解散し、隊員たちは更衣室に向かいます。そこで、絢子が駆け寄って声をかけます。
“すみませ~ん、クラリネットを吹いている方にお会いしたいんですけど。”
「はっ、クラリネットの奴ですか?」“お~い浜ちゃんいるか?、可愛い女の子が君に会いたいんだってよ。”
# ヒュー、ヒュー“この色男、羨ましいぞ。”
すると、先に行っている隊員たちの中から1人の青年の隊員が戻って来ました。絢子は目をキラキラ輝かせて、会えるのを胸躍らせているようです。
“あの、僕のことでしょうか?”
その隊員が顔を見せました。
「貴方が、クレリネットを吹いていた方ですか?」
「そうですが。」
「す、すみません、人違いでした、ごめんなさい。」
# ワッハハハハハ “やっぱりな。”
実は、絢子はこの青年が黒田に見えたのです。
『やっぱり空似だったんだ、でも、ずっと見ていたんだよ。早く戻らないと、清貴さん、心配してるだろうな。』
そしてポップコーン屋台を横目に駆け抜けていた時でした。
“君!、君!、待ってくれ、絢子ちゃん!”
その声にはっとして、足が止まります。振り返って見てみると、通りの中央に聖者の服装をした人影があるではないですか。
“あ、あなたは・・・”
そこに現れたのです。願いの人物が見えていたのです。
「久しぶりだね、俺が分かるかい?」
「清貴さん・・・ですね。」
その場所でお互いの時の経過がリセットされたのでしょうか。60年という歳月がさかのぼっていました。
「あの、わたし、わたし・・・」
「ああ、分かってる、何から話していいかと思うほど沢山あるんだろ。」
# ♪~♪♪♪・・・
園内にクリスマスソングが流れ、特別な思いでお互いが共にいる幸せを感じます。その優しい神聖な調べは、全ての心を純粋な気持ちにしてくれます。
絢子はこれまでのいきさつを話し、暫く2人は、この奇跡的な再会を心から懐かしんでいました。もう今は、戦争のない平和な世の中です。何にも気兼ねすることはないのです。
「そうかぁ、還りの札をずっと信じていたんだね。それで自分が再びこの世界に召喚された訳が分かったよ。60年後か・・・世の中がこんなに様変わりしているなんて信じられないよ。でも良かった、良かった、まだ何処かの国と戦っているんじゃないかと心配していたよ。この国の技術や文化もずいぶん変わったもんだな。この沢山の電飾の賑やかなこと、そこで男女が堂々と街頭で抱き合っているもんね。初めて見た時は驚いたよ。」
「此処は、そういう場所なんです。普通の街じゃ、ここまでしませんよ。」
「そうかぁ、そうだろね。それを聞いてちょっと安心したよ。ところで、此処は色んな乗り物があるんだな。あの、デッカイ鉄骨に変った形のトロッコが乗って落ちて行くやつは凄いな、あれは何。」
「ジェットコースターていう乗り物よ。心臓が飛び出るぐらいドキドキしちゃうんです。乗ってみます?、大丈夫ですか?」
「チョロイ、チョロイ。僕は戦闘機乗りだよ。心臓が飛び出る?、楽しそうだな。」
「じゃあ、乗りましょうよ。私も15歳ですからね、乗りますよ~。」
「よし行こう、行こう。」
そして・・・
# うわー、キャー、アハハハ、アハハハ
すっかり15歳の少女と19歳の青年。それから5つもアトラクションを連続して乗ると、さすがに疲れて来て、フードコートで休憩することになりました。
「いやーこれは美味いな。このケチャップと溶けたチーズを乗せたようなパンは初めて食ったな。それにコーヒーを入れたこの軟らかいコップが、全く熱くならないのも不思議だな。」
60年後の色々な物事へ珍しそうに反応する黒田の様子を見ていると、絢子は面白くて楽しそうに微笑んでいます。そんな時、突然あることを思い出しました。
“あっ、大変!”
「ん、どうしたんだい?」
「私、きよ・・大悟君のこと、すっかり忘れてしまっていたわ。どうしよう、清貴さん、ちょっと外しても良い?」
そう言って、立ち上がろうとします。
「絢子ちゃん、大丈夫だよ。今のこの時間は君の世界の時間じゃないんだ。」
「えっ、どういうこと?」
「僕が今住んでいる世界には、時間というものがないんだよ。そこに君を呼び込んだんだ。だから、いつでもさっき君が僕に会った時に戻れるよ。」
「えっ、じゃあ今私は清貴さんの世界に居るの?」
「ああ、全部じゃないけど、絢子ちゃんの世界との調度狭間にいるんだよ。ところで、僕が現れた本当の意味を明かさないといけないね。」
「本当の意味?」
「ああ、これから聞くことに正直に答えてくれないかい。そうすれば、総てのことが解決するんだよ。僕と僕をつかわした方、そして、絢子ちゃん自信にとっても、これからのことを決める大事なことだからね。」
そして、黒田は静かに絢子へこう問いました。
「君が僕に会いたいと願っているとは、どういうことなんだい?」
「・・・・。」
すると心が決まったのでしょうか、絢子は一息つき、答えました。
「私、自分の本当の気持ちを確かめたかったんです。そして、分かりました。清貴さん、貴方は私が愛している方ではありませんでした、ごめんなさい。」
この言葉の後、ひと時の沈黙の時間が流れました。
# ♪~♪♪♪・・・
店内にジャズ風にアレンジされたホワイトクリスマスの曲が流れています。近くに居る若い恋人達の会話が聞こえて来ます。
#“ハイ、プレゼント”“わー、手編みのマフラーだ、ケイ、スゲーじゃん“
# ・・・・・
暫く経って、ようやく黒田が口を開きます。それも表情に笑みを浮かべながらです。
「ありがとう、正直に答えてくれて嬉しいよ。さっき言った様に、僕はある方によって召喚されたんだけど、その方とは君の夫、善次郎さんだよ。」
「えっ、・・・夫ですか?」
意外な人物のことを言われて、絢子は目を丸くしています。
「彼のいる世界に還りの札の力が働いて、君の願いが届いていたんだ。」
「夫の居る世界に私の願いがですか・・・それじゃあ、清貴さんを召喚させたのは。」
「そう、彼なんだよ。」
「どうして・・・。」
黒田は硬いプラスチック製の椅子に慣れていないせいか、一度尻を浮かせて座り直しました。
「彼は、絢子ちゃんを心から愛しているんだよ。そして、自らを不甲斐ない性格と思っている。そのために、生前、ひとつも妻を大切にする態度をとれなかったことを後悔しているんだ。そして死後、次の世界に来て、僕という、つまり黒田清貴の存在を知った時、僕を君の世界に召喚して償おうとしたんだよ。しかし60年もの間、絢子ちゃんがこの黒田という男を慕い続けているとは思えなかった。人は成長していく間に、色々と経験を積んで、本当の意味を見極めていけるようになるからね。もし万が一、彼が言っているようだったら、僕が絢子ちゃんをそうさせてしまったことを謝り償うつもりだったんだ。」
「あの兎さんは、夫の使いだったのね。」
「ああ、彼の世界では、兎は神聖な力を持つ存在だ。還りの札を持って、目の前に現れたらしい。」
“善次郎さん、そうだったのね・・・良かった。”
見ると、絢子はいっぱい涙を浮かべて、幸せそうに微笑んでいます。
黒田は椅子を引いて、テーブルに左手を突いて立ち上がりました。
「これで終わった、もうこの辺で自分の世界に戻ることにするよ。」
絢子は涙を指先で拭いながら、たどたどしく言葉を出しました。
「も・・もう、行っちゃうんですね、もっと・・もっとお話したいと思っていたのに。死んでしまったらどうなるのか聞きたかったんです。」
「それはね、誰にも答えられないだろうね。死後の世界は無数にあるんだよ。どんな世界に行ってしまうのかは分からないけど、そこでまた始まるんだよ。」
「そうなんですか。」
「まあ取り合えず、今、生きている世界で、心を残さないようにすることだよ。人を傷つけたり、怨みをかうことをしないことだ。そうしないと魂が汚れていくんだ。汚れた魂は、その世界でしか綺麗にすることが出来ないんだよ。幸せに生きていくことが大切なんだよ。」
「なんか、お坊さんのお説教みたいですね。」
「アハハハハ、そうだね、でも本当だぞ。絢子ちゃんに会えて、話を聞いて、お陰で自分も気持ちが晴れて幸せな気分だ、魂が洗われたからもう還るんだよ。」
「還りの札の力みたいですね。」
「ああ、本当の意味はそこにあるのかもしれないな、それじゃあ、これで。」
「さようなら、また、会えるでしょうか。」
「ひょっとするとね。でも本当は、善次郎さんのところへ行けると嬉しいだろ。」
「エヘヘヘ。」
黒田は、フードコートの外へ向かって行きました。そして出入口に差し掛かったところで振り向いて絢子に手を挙げると、再び背を向けました。
『あれ・・・。』
黒田の姿が光で包まれて、外の景色の中に吸い込まれて行くように見えました。
『さようなら、清貴さん、ありがとう。』
そして、その後日。
「そんなにお祖父ちゃんのこと愛していたんだ。」
「何よ、その言い方、疑っているみたいじゃない。」
「だって、あのちっとも喋んないし、いつも無表情で、お地蔵さんみたいな。」
「アハハハ、お地蔵ね、それは確かよね。でもね、私にはあれくらい落ち着いている人じゃないと駄目だったのよ。喧嘩になったこともないし、安心感があるのよね。最初に会った時、あ、この人なら私、一緒に居られると感じたのね。」
「ふーん、安心感ね。そんなお祖父ちゃんが、清貴さんを召喚させたのよね。お祖母ちゃんが喜ぶだろうと思ってした贈り物だったとはね。でも、もし清貴さんを愛していたらどうなったのかな。」
「それは簡単、当然今の玲奈ちゃんが居ないということ。」
「そうかぁ。お祖父ちゃんを愛してくれてありがとうございます。」
「どういたしまして・・・あれ、玲奈ちゃん、泣いてるの。」
「う、うん。良かったね、お祖母ちゃん、愛するって、恋をするとは違うって教えられたわ。何と無くだけど、分かったような気がする。」
「そお?」
それから2人は、合間を見てはお茶会をするようになりました。そして必ずといっていいほど遊園地の奇跡の出来事の話になります。当然その時の絢子は、15歳の少女に戻っています。
やがて、玲奈は結婚しました。そして子供が出来た年、絢子は老衰で亡くなりました。安らかな最後を迎えました。お棺に花を添えながら、玲奈はそっと、還りの札を絢子の右手に握らせました。
『絢子ちゃん、ありがとう。きっと善次郎さんのところへ行けてるよね。そして、ほら、私も手に入れたんだ、還りの札。もし、大悟君が先に亡くなったら、召喚しようかと思って。何処の世界に行ったのか教えてもらうの。』
黒田が言ったことが心に響いてきます。
“幸せに生きていくことが大切なんだよ。”
絢子の新たな旅立ちを見送っていました。
* おわり *
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