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有希とおやきとおもちゃ花火
お盆が過ぎてから風は少しだけ冷ややかになり、空は遠くなり、着実に秋は近づいているが、昼間はまだ夏。
強烈な日差しと蝉しぐれに襲われる。
夏休みも残りわずかとなった。
有希と宿題を片付ける約束を楽しみにしていただが、大樹までついてきたのでガッカリする。
「俺のこと、邪魔だと思っているな」
大樹は、不満そうな一翔に不満を言った。
(当たり前だ。誰がこの状況で歓迎するんだよ)と、心の中では毒づくが、口には出せず曖昧に笑う。
嫌いじゃないが、邪魔なだけ。
「有希とお前を二人だけにするわけにはいかねえ」
大樹が有希の保護者面をする。
「何もしないですよ」
「間違いが起きないとは言えない。特に、最近の有希は体調がすぐれないんだし」
「有希さんが倒れたことに便乗して、卑劣なことなんてするわけないじゃないですか。ちゃんと、介抱しますよ。それに、ここは父がいる分、むしろ安心です」
山で父が見せたように、次に有希が倒れたらテキパキ動こうと気持ちだけは強く持っている。
有希が大樹を叱った。
「一翔君に失礼なことを言わないでよ。今まで何度も命を救ってもらっているんだから。変な事なんて一度もされていないし、一翔君はとても頼れるの」
有希の言葉に、大樹は、「は?」と、聞き返した。
「どういうことだ? 何があったんだ?」
「あ」っと、口を閉じる。
「まさか、こいつの前で倒れたんじゃないだろうな?」
有希は、家族に心配かけたくなくて、低血糖で何度も倒れていることを内緒にしている。
有希が倒れて一翔が注射したことを知ったら、怒り狂って暴れそうだ。
「あ、あ……、違う違う。全然、大したことじゃないから。だけど、一翔君のことは信じられると充分に証明されているの!」
大樹は納得いかない顔のままだが、無理やり押し通した。
有希は一翔に向かって手を合わせると、申し訳なさそうに言った。
「一翔君、連れてきてごめんね。バイクで送ってくれるっていうから断れなくて……」
交通手段が自家用車しかないこのあたりでは、16になると誰もがバイク免許を取って乗り回している。
大樹がバイクで送ってくれれば、暑さの中を歩かないですむ有希は助かる。
(バイクに乗れたら移動が便利になるし、有希を送り迎えできる! 16の誕生日に僕はバイク免許を取りに行くぞ!)
一翔は、天に誓った。
有希のためだと思うだけで、不思議と全身に力がみなぎる。
唐松岳から帰ってきた日に、遺書は燃やした。
いろいろ考えると、死んでなんかいられないと気付いた。
狗飼毅のことも解決したいし、父を守りたいとも思う。
北アルプスにもっと登りたい。
今は、生きることが楽しい。
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