唐松岳

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 山の朝はとてつもなく早い。  モルゲンロートを見ようと、夜明け前に起きてダウンを着込み、張り切って山頂に向かう。  気温は10℃。  風が強くて吹き飛ばされそうになる。  その代わりにガスも霧も雲も吹き払われて、はるか遠くまで視界がクリアとなった。  太陽が昇り、朝焼けに山が照らされていくが、空にはまだ月と星が残っている。  剣岳に反射する優しい薄ピンク色のモルゲンロート。 「綺麗だなあ」  父の反応を見ると、満足そうに写真を撮っている。 「一翔、一緒に捕ろう」  三脚を立てると、剣岳をバックに二人で並びカメラに収まる。  その時、一筋の光が天空を走った。流れ星だ。  良いことありそうな気がする。 「父さん、少しだけ不帰キレットを散歩していい?」 「危険なんだろ? 行くなら、父さんもついて行く」  縦に並んで北側の道を進んだ。  不帰キレットは危険だと散々言われてきたが、入口付近ぐらいなら普通の登山道。  それでも、尾根に作られた登山道は幅が非常に狭く、両側の斜面は急こう配のガレ場で、少しでも登山道を外れたら足を滑らせて転がり落ちそう。  慎重に数メートル進んで先を見た一翔は、思わず声を上げた。 「うお!」  道が尖っている。  道と言う概念を完全に覆してくる登山道がこの先に待ち受けていた。  急こう配の岩壁にしがみつきながら横ばいに進むルートが、2つの峰に向かって縦に伸びている。まともに歩くことはできない。  所々に鎖が張られている。そこはもう、鎖を掴んで壁を登ることになる。  気楽に行ける場所じゃない。  畏怖すら感じる威風堂々の姿を目前にして、一翔は立ちすくむ。 ――不用意に近づくな。 『不帰ノ嶮』が語り掛けてくる気がした。 「一翔、これ以上は危険なんじゃないか?」  父があまりに心配するので引き返すことにした。  ヒュッテで荷物をピックアップすると、やってきた八方尾根を戻った。  上は寒かったが、麓に近づくにつれ暑くなっていき、一枚ずつ脱いでいく。  下りはあっという間で、駐車場に到着してもまだ昼だ。  一翔は北アルプスを振り返った。  北アルプスはいつでも同じ姿を見せている。  あそこは別世界。  自分の住む場所に戻ってきたことを実感し、父と歩いた北アルプスにさようなら。
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